【今週はこれを読め! ミステリー編】驚異の新人・宮島明道の『刑事の境界線』がすごい!

文=杉江松恋

  • 刑事の境界線 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『刑事の境界線 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    宮島 明道
    宝島社
    850円(税込)
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 これは驚異の新人、と呼ぶべきではないのだろうか。

 宮島明道『刑事の境界線』を読んでそう思った。文庫オリジナルでの発売だし、今のところそんなに騒がれている様子はないのだけど。

 第24回「このミステリーがすごい!」大賞の文庫グランプリを受賞した作品である。大賞は犬丸幸平『最後の皇帝と謎解きを』(宝島社)で、文庫グランプリは四島祐之介『アナヅラさま』(宝島社文庫)との同時受賞だった。応募時の題名は「馬と亀」で、刊行にあたって『刑事の境界線』に改められた。こっちのほうがずっといい。なんで「馬と亀」なんて題名にしようと思ったかな。

 警察小説であり、小金井中央署という架空の警察署が設定されている。東京都在住以外の方にはあまりピンとこないと思うが、舞台はJR中央線武蔵小金井駅の付近で、地名はほぼ実際にあるものが使われている。日本の警察小説だと、新宿・歌舞伎町のように有名なところ以外、特に郊外や地方都市は架空の場所が設定されることが多いからこれはいい趣向である。もっと実在の場所を使ったほうがいいと思う。八王子を舞台にした吉川英梨『新人女警』(朝日文庫)とか、いい味を出していた。

 それはさておき、この小説では奇数章と偶数章で別の警察官が視点人物を務める。第一章に登場するのが馬場みどりで、小金井中央署刑事第一課に属する刑事である。盗犯係に属していて、冒頭の一行は「家賃が払えなくなりまして」という情けない台詞から始まる。逮捕されたスリが言い訳をしているのだ。スリをした動機が女に騙されて金がなくなったからだ、というから情けない。みみっちい話である。

 馬場は続いて、空き巣事件の現場に急行する。被害にあったのはゲームセンターで、事務所に置いてあった金庫がそのまま盗まれたのだという。被害額自体は大したことがないが、金庫の中に入っていた別のものが惜しいと店主は言う。その〈スピナ〉というゲームセンターは対戦型格闘ゲームファンには知られた場所で全国大会の常連も通っており、客同士の交流ノートが金庫には入っていたというのだ。この格ゲー聖地設定が出しっぱなしにされず、後でちゃんと使われるところがいい。惜しむらくはゲーム名をなぜ〈ファイトストリート〉にしたのか。〈ストリートファイター〉のままでよかったのに。明らかにダルシムとかリュウにしか見えないキャラクターも出てくるし。

 これ以外にもさまざまな事件が起きる。車の中で全裸の女性が騒いでいる、という通報を受けてやってくると、彼女たちが薬物を投与されて前後不覚になったところで男たちから集団暴行を受けた被害者であることがわかった。いわゆるヤリサーの犠牲になったのだ。卑劣な連中を許さない、と馬場は検挙を誓う。また、後輩の須崎という警官から相談を持ちかけられもする。須崎の同期である大石という巡査が交番勤務でいじめを受けているらしいというのだ。それは本来警務課に言うべき筋合いの話だが、いじめだという証拠が不十分なのだという。後輩の心情を汲んで馬場は、その交番を調べようと考える。

 警察小説の中にはpolice proceduralというサブジャンルがある。警察署などの捜査機関を舞台の中心に据えて複数事件の進行を描いていくもので、イギリスのJ・J・マリックのギデオン警視シリーズ(『ギデオンの一日』ほか。ハヤカワ・ミステリ文庫)やアメリカのエド・マクベイン〈87分署シリーズ〉(『夜と昼』ほか。ハヤカワ・ミステリ文庫)などが日本に紹介された早期の例で、マイクル・Z・リューインのリーロイ・パウダー刑事シリーズ(『夜勤刑事』ほか。ハヤカワ・ミステリ)が紹介された1980〜90年代あたりから作例も増えてきた。『刑事の境界線』はこれを大真面目にやっている小説なのである。

 奇数章の馬場みどりと並んで視点人物を務めるのが、同じ小金井中央署の組織犯罪対策係に属する為井忠之である。第二章で最初に描かれるのは、その為井が外国人を使った管理売春の経営者を逮捕するため張り込みをしている場面だ。だが、すぐに違和感を覚える。売春施設の元締めであるホセというフィリピン人を、為井は逃がそうと考えているからだ。賭博でこしらえた借金がきっかけで、為井は下村興業という暴力団組織とつながりを持つようになった。ホセが捕まれば、その関係が露見してしまうことになるのである。

 以降、為井が表の顔と裏のそれとを使い分けるさまが描かれていく。おもしろいのは、彼が単なる悪徳警官ではなく、関心を持った事件については調べないと気が済まない刑事の魂を持ち合わせていることだ。虐待を受けている弱者を見逃せないという正義心も持ち合わせている。そういう人間が泥沼に嵌まってしまうというのが現実のおもしろいところだ。

 この二つの視点が縒り合わさって『刑事の境界線』という小説はできている。馬場と為井、どこかで二つの視点は交錯するだろうとは容易に察しがつく。ではどこでそれが起きるのか、どのようにして交わるのか、ということが読者にとっては最大の関心事となる。

 これが予想を超えて上手かったのだ。がつん、とぶつかるか、それともいつの間にか二つが合流しているように描くか。どちらなのかは伏せておくが、その手際には感心させられた。とても新人の筆ではなく、十年選手のような書きぶりであった。読者の思い込みを利用してちょっとした驚きを演出したり、定石ならこう来るというところをあえて外してみたりと、読みながら翻弄される箇所がいくつもあった。少しだけ種明かしをすると、時計の針の進め方に工夫があるのだ。

 こんなに上手い警察小説を書ける新人は初めて見たかもしれない。現在活躍中の作家たちと比べてもひけを取らない。こんな小説を書けるのはどんな人なのだろうと思って作者プロフィールを見てさらに驚いた。「16歳からDJを始め、DJの大会DMCでは2002年と2007年の二度日本チャンピオンに輝く。2003年からDJ教室「宮島塾」を経営」ってミステリーがまったく関係ない。いったい何を食ったらこんな作家になるんだろうと不思議な気持ちになった。

 いい小説にはチャーミングな要素が備わっていることがある。この小説にもある。馬場と為井、二人の主人公が事件とはあまり関係ないことにのめりこむのだ。為井のそれはアマトリチャーナ、パスタである。行動する中で出会った女性が働くレストランで出しているもので、為井はこれが気に入って何度も何度も食べに行く。むくつけき四十男がアマトリチャーナに熱中しているさまには愛嬌があって、可笑しい。そういうことで読者はキャラクターを好きになるのだ。では馬場は何に熱中するのか、ということは書かない。こちらは読んでのお楽しみということで。

 とにかくすごい才能である。宮島明道、将来が楽しみだ。DJはまだやっているのだろうか。DJについてはまったくの門外漢だが、ミステリーなら少しはわかる。この人の才能は本物だ。こういう新人を待っていた。

(杉江松恋)

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