【今週はこれを読め! ミステリー編】楽しみどころがいっぱいの羽生飛鳥『歌人探偵定家 弐 百人一首推理抄』
文=杉江松恋
これ、読む人によって感銘を受ける箇所が違う小説なんだろうな。
羽生飛鳥『歌人探偵定家 弐 百人一首推理抄』(東京創元社)は、二〇二四年に『壱』が刊行されて現在は創元推理文庫入りしている作品の、続篇にあたる連作短篇集だ。題名にも名前が出ているとおり、主人公は藤原定家である。「新古今和歌集」の撰者として、日本歌壇史にその名を刻んだ人物が探偵役を務めるという趣向だ。
定家は生涯の長きに渡って『明月記』という日記をつけていた。その記述から病弱であったことが知られている。また、感情の起伏が大きかったらしく、1185(文治元)年11月には、宮中で新嘗祭が行われている最中、源雅行に小馬鹿にされたのに激昂し、脂燭を掴んで頭をぶん殴るという事件を起こしている。当然勅勘を受け、謹慎生活を余儀なくされた。
本作でも定家の面倒くさいところがコミカルに描かれている。有職故実に通じ、和歌の美を至上のものとして崇める定家は、それを汚されると瞬間的に激怒する。また、和歌について語り始めると制止が効かなくなり、早口になって一気に喋り倒してしまうのである。早口になって言いたいことを言い終わるまで口が止まらない人、現代でもよく見る。そういう部類の人物として書かれているのである。
「一 よにあふさかの せきはゆるさじ」では、定家の父・藤原俊成家の前に長蛇の列ができているさまが描かれる。このころ俊成は帝からの下命を受け、勅撰和歌集の撰を行っていた。名誉な仕事であり、当然ながら定家もそれを手伝う。全五篇は、この勅撰和歌集に絡む物語として描かれるのである。屋敷の前に佇む人々は、この勅撰和歌集に自作を採ってもらいたいと頼みに来たのだった。
雨が降り始め、やがて粉雪となる。列を成していた客人も雨宿りのために散ってしまった。その人気がなくなった門前で若者の死体が発見されるのである。正体不明、悪天候で人がいなくなっていたために目撃者はおらず、いつの間に彼が家の前に現れたのかもわからない。その死にざまは奇妙なもので、脇腹に卒塔婆が貫通していた。その卒塔婆には、清少納言の「夜をこめて とりのそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」という和歌が記されていたのである。
死体のありさまを一目見て、定家は烈火の如く怒り始める。
「何たること、何たること、な、ん、た、る、こ、と、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。和歌が書かれた卒塔婆で人を殺すとは、いったい何を血迷った真似を。和歌を汚す者は許せん」
いや、怒るのはそこなのか。
こんな風に、和歌至上主義という困った特徴のある人物が探偵役で、各篇は〈上の句〉とされる問題篇と、短い〈下の句〉の解答篇に分かれている。定家の助手役を務めるのは平保盛である。源氏によって権勢を振るった平家の一族は滅ぼされたが、池殿流の者は赦され、武士の生き方を捨てて京で中流貴族として第二の人生を送っていた。池殿流とは、清盛の継母・池禅尼の実子、平頼盛とその子たちである。池禅尼は源頼朝が13歳で清盛に捕らえられた際、助命嘆願をしたという。その恩義に報いるために、池殿平家は頼朝に厚遇されたのだ。
頼盛の子に平保盛という人がいる。藤原定家と同じ九条家に仕え、面識があったらしいことが史実でもわかっている。この保盛が本シリーズの視点人物であり、定家の助手役を務めるのである。保盛は父・頼盛から、屍の見極めという技を伝授された。死体を見れば、それがいつどのように亡くなったかがわかるというもので、現代で言えば法医学に当たる知識だ。それを駆使するということはつまり、医師の要素があるということである。藤原定家と平保盛、和歌至上主義者の奇人と源平合戦を生き延びた法医学者という組み合わせは、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンを意識したものだろう。
このコンビが五つの奇怪な事件に取り組んでいく。不可能犯罪趣味が強いものが多く、たとえば「二、わがみよにふる ながめせしまに」では天狗に放り投げられたとしか思えない死体の謎が描かれる。この死体が出現する場面は、実にそっけなく突然描かれるので、一瞬何が起きたのかと戸惑ってしまうほどである。「四 わがたつそまに すみぞめのそで」で〈詠ミ人知ラズ〉という怪しい集団が登場し、以降は彼らとの争闘も話の柱になっていく。
私が強く関心を抱いたのは「三 わがころもでに ゆきはふりつつ」で、これは平安京特有の、触穢の思想を色濃く反映したものなのである。王朝では死は穢れとして強く忌み嫌われており、それを避けるためにさまざまな儀礼的行動が編み出されていた。この話の冒頭で定家が、父・俊成の屋敷が死の穢れに侵されて困り果てる場面がある。馬で通りかかった保盛が門前に止められた定家の牛車に近づくと、百聞は一見に如かずなので、何が起きたのか見てもらいたいと言われる。ただし、足を踏み入れることはできないので。
「[......]御足労をおかけしますが、こちらの牛車にお移りいただけますか。穢れが出た家の庭に入る際、地に足をつけなければ触穢(穢れに触れること)とはなりません。言い換えれば、牛車でなら穢れの出た家の庭に入れますからね」
とんち問答みたいな会話だが、これが触穢の思想なのである。俊成屋敷に起きた出来事というのもこれに関連したもので、もう一つ、民俗学や中世史に詳しい人なら感心するような思いつきが加えられて、事件が構成されている。平安京貴族のこうした心性は特殊設定ミステリーの素材になりうると以前から思っていたのだが、本作はそれを証明してくれる恰好の実例である。
私が関心を抱いたのはこの触穢に関する部分だが、もちろん藤原俊成・定家父子によって導かれる和歌の世界に魅了される読者も多いだろう。源平合戦の生き残りである保盛は、敵であった頼朝の恩情によって生きながらえていることに忸怩たる思いを抱えている。その鬱屈した心に、今の世に住まじき思いをしている方は自らを重ね合わせて読むのではないだろうか。そういう要素もある。もちろんホームズとワトスン型のコンビ探偵が活躍する連作という楽しみもある。ここまで書かなかったが、源平盛衰記のスター・キャラクターが一人登場する。それ絡みで語られる、裏面史のような部分をおもしろく読む人もいるだろう。
つまり、楽しみどころがいろいろある。古代や中世を舞台にした物語にはあまり興味がないという人も、ミステリー・ファンならどこか琴線に触れる部分があるはずだ。この間口の広さこそが本作最大の強みなのである。よかったらご一読を。文庫化されている前作を未読でも問題なく楽しめるので。
(杉江松恋)


