【今週はこれを読め! エンタメ編】心に確かな希望を残す小説〜窪美澄『タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース』

文=高頭佐和子

  • タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース (単行本)
  • 『タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース (単行本)』
    窪 美澄
    筑摩書房
    1,540円(税込)
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 窪美澄氏らしい小説である。世の中の流れから取り残された人々を、優しい光で照らすけれど、決してきれいごとに収めない。だけど、読んだ人の心に小さくても確かな希望を残す。舞台は都内の団地だ。建てられたのは昭和の東京オリンピックの時で、老朽化が進み自殺の名所にもなっている。住んでいるのは、この団地以外どこにも行けない人ばかりだ。

 主人公のみかげは、生まれた時からこの団地に住んでいる。父は幼い時に亡くなり、母親も10歳の時に出て行ったので、5歳年上の姉・七海ちゃんが夜のお仕事をしてみかげを養ってくれている。中学でひどいいじめにあったため夜間高校に進学し、初めて友達ができた。パン工場でバイトをしているが、喘息のため長時間働くことはできず、複雑な仕事をこなす能力もないことにコンプレックスを抱いている。みかげは小さな子どものように世の中のことに知識がない。人の死に興味があり、いつか見てみたいという願望を持っているのだが、死んだ人間が腐るということすら知らず、友達を呆れさせる。

 ある日、みかげがベランダに出ると見知らぬ老人から大声で名前を呼ばれる。なぜ名前を知っているのか。怪しすぎである。さすがのみかげも警戒するのだが拒否しきれず、その老人・ぜんじろうさんと共に、一人暮らしの高齢住民の部屋や子どものいる家を定期的に訪問したり、飛び降り自殺をする者がいないかをチェックする「団地警備員」として活動することになってしまう。渋々始めたことなのに、次第にやりがいを感じ元気になってきたみかげを見て、友達の倉梯くんとむーちゃんも活動に参加したいと言い始める。そんな折に、団地住民を不安に陥れる一大事が起きてしまうのだが......。

 閉ざされた環境で、未来を切り開くという発想もなく七海ちゃんだけを頼りに生きていたみかげだが、様々な人と出会う事で自分の世界を広げ、親しい人の死を経験することで成長していく。社会の中に居場所を見つけられず自分の殻に閉じこもっていた3人の高校生が、思いがけない力を発揮する姿は眩しく、読んでいると希望に包まれるような気持ちになる。

 ところで、ぜんじろうさんって何者なのか。それは物語の終盤にわかる。人は、自分でも気がつかないところで誰かに助けられていることもあれば、助けられているつもりが相手の力になっていることもある。ぜんじろうさんの生き方に、そのことを教えられた。小説の中で起きたことは、私たちが生きる社会で起きていることでもある。決して目を逸らしてはいけないと、ぜんじろうさんが本の中から大声で呼びかけてきているような気がする。

(高頭佐和子)

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