【今週はこれを読め! エンタメ編】静かな怒りと復讐劇〜安堂ホセ『ジャクソンひとり』

文=高頭佐和子

 次に何が起こるのか、全く予想がつかない小説だ。人種差別とリベンジポルノ。センシティブで激しい感情を呼び起こしがちなテーマを扱っているが、抑制された表現に惹き込まれる。意外すぎる展開に何度も足元を掬われつつ、一気に読んだ。

 主人公は、スポーツブランドの会社に併設されたフィットネスセンターで、整体師として働くジャクソン。アフリカのどこかの国と日本とのハーフらしい。陸上やってたらしい。モデルもやってたらしい。もしかしたらゲイかもしれない。そんな情報があるけれど、あくまで噂である。ある日フードコートにいたスポーツ選手たちが、ジャクソンの着ていた服の模様にQRコードが埋め込まれていることに気がつく。読み込むと、ココアを混ぜたような肌と黒豹のような手足を持った男性がベッドに磔にされ、危険な性的プレイを強いられている衝撃映像が再生される。ジャクソンは、これは自分ではなく服は誰かからもらったものだと主張するが、信じてもらえない。嫌悪感を露わにする者も、警戒心を自覚する者もいる。応援したいと思っている者も、ジャクソンが視線を向けると目を逸らす。

 いったい誰がこんな嫌がらせを仕掛けてきたのか。犯人を見つけようと試みるジャクソンの前に、映像の男性と似た容貌の3人が現れる。ハイブランド店のドアボーイで映像をネタに脅されているジェリン、ジェリンから相談を受けた自分のポルノ動画を配信することを仕事にしているイブキ、イブキの友人でリアリティ番組に出演する予定のエックス。全員が、例の映像のせいで厄介な目に合っている。犯人特定のために協力し合うことにするのだが、似ていることを生かして衣服や所有物を交換して入れ替わり、人を騙すという復讐を思いついてしまう。ジャクソンたちの企みは、やがてある事件につながっていく。

 4人は交換が可能なほど容姿の特徴が似ているが、違う個性と経歴を持つ別々の人間だ。巧妙に行われる入れ替わりは、復讐相手だけでなく読んでいる側にも混乱をもたらし、仕掛けたジャクソン自身の感情も揺さぶられる。そして、日常的に受ける差別と悪意のない不快な決めつけに対するジャクソンたちの静かな怒りは、気がつくと読んでいる私にも突きつけられている。他者の痛みに対する鈍感さを剥き出しにされたような気持ちになった。ラストの衝撃の余韻が、脳内に重く低い音で響き続けているようだ。鋭敏な感性を持つこの著者が、今後どのような小説を世に送り出していくのか。恐れつつも、楽しみでならない。

(高頭佐和子)

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