【今週はこれを読め! エンタメ編】額賀澪『天才望遠鏡』に心がざわつく!

文=高頭佐和子

  • 天才望遠鏡
  • 『天才望遠鏡』
    額賀 澪
    文藝春秋
    1,760円(税込)
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 今年の文藝春秋に注目している。1月に村山由佳氏『PRIZE』(どうしても直木賞がほしい人気小説家)、4月に金原ひとみ氏『YABUNONAKA』(文芸誌の元編集長による性加害)、5月に塩田武士氏『踊りつかれて』(才能ある歌手の人生を狂わせた虚偽の週刊誌報道)。どういうわけなのか出版業界に大きく関わる題材の小説が多く、どれも傑作だ。

 こういった小説を担当する編集者はどういう気持ちなのだろうか。身近な世界が描かれているからこそ、心がざわつくことがあるのではないだろうか。7月に発売されたこの本にも、作家と編集者が登場する。天才作家から発せられる鋭く尖った言葉に、書店員の私も心臓がバクバクした。

 将棋、フィギュアスケート、陸上競技など、さまざまな分野で才能を持つ人物が登場する連作小説集である。「天才」と呼ばれる人たちの煌びやかではない部分に、焦点が合わせられている。小説家が登場するのは、最後に収録されている「星原の観測者」である。

 釘宮志津馬と星原イチタカ。15年前、同じ出版社の新人賞を受賞して同時に作家デビューした二人だが、性格も作家としての知名度も大きく違う。釘宮は「全方位に敵意をばらまく」面倒な男だ。累計100万部を突破しようとしているベストセラーがあり、直木賞にもノミネートされた。一方の星原イチタカは、誰にでも丁寧に接する穏やかな人柄の作家だ。〆切もきっちり守り堅実な売れ方をするので仕事が切れることはないが、初版部数は五千部を切っている。真逆の性格だが友人同士であり、釘宮の社会性のなさを注意できるのは、もはやイチタカだけだ。ところが、イチタカは不慮の事故で突然この世を去ってしまう。

 「あんたらが好きなのは売れっ子か、活きのいい新人だけだろ」
 「アイツが使い捨てられなかったのは、使い捨てられないように立ち回る社会性があったからだ」

 釘宮は、二人をよく知る編集者にそんな言葉を投げつける。ただ一人の遺族の前でって、いくらなんでも社会性がなさすぎである。編集者も黙って聞いているわけではなく、反論する。だけど釘宮の辛辣な言葉は、遺族の心に響く。イチタカが口に出すことのなかった思いと、亡くなった友を悼む気持ちが込められていることが伝わるのだ。

 本を売る仕事をしている私も、釘宮の言葉に痛みと後ろめたさを感じずにいられない。次から次に出る新刊、毎年デビューする新人作家、限りあるスペースと時間......。一冊を大切に思うことと、数字で結果を出さなければならないことは、必ずしも一致しない。棚の前でぐるぐると迷いつつも、言い訳をしながら状況に追われていくだけの書店員の姿も、釘宮とイチタカにはきっと見透かされているのだ。

 「いろんな人が見上げるようなでかい星じゃなかった」けれど、イチタカの才能を「俺はちゃんと観測してた」と釘宮は言う。その言葉に、「天才」とは何者かということと、今まで私が観測してきた「天才」たちのことを思う。

 知名度も受賞歴も売上も初版部数も関係なく、「天才」がそこにいて、私の心を動かしてくれたことを、決して忘れはしない。

(高頭佐和子)

  • PRIZE―プライズ―
  • 『PRIZE―プライズ―』
    村山 由佳
    文藝春秋
    2,200円(税込)
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  • YABUNONAKA―ヤブノナカ―
  • 『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』
    金原 ひとみ
    文藝春秋
    2,420円(税込)
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  • 踊りつかれて
  • 『踊りつかれて』
    塩田 武士
    文藝春秋
    2,420円(税込)
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