【今週はこれを読め! コミック編】時代を読んだ漫画家の野心と変化〜増村十七『進め!白鼻進』

文=田中香織

  • 進め!白鼻進 (ビッグコミックス)
  • 『進め!白鼻進 (ビッグコミックス)』
    増村 十七
    小学館
    770円(税込)
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 舞台は1933年の東京。持ち込んだ作品が出版社に評価されず、落ち込む漫画家・甘神白鼻進(あまがみはくびしん)は、婚約者で彫金作家の芹理(せりり)あんから慰めの言葉をかけられると、顔をゆがませ、声を荒げた。「僕の漫画が読まれないのは、社会が悪い!」

 実のところ、世相は悪くなっていくばかりだった。しかし「漫画で銭を稼ぐ」という点においては、漫画雑誌の創刊が続き、児童漫画のヒット作が立て続けに生まれるなど、一発逆転を狙う新人には大きな希望を抱ける時代でもあった。

 本作に登場するのは架空の人びとだ。しかし、その背景にある出来事は史実に基づいている。だから読み手には、彼らの未来が想像できる。

 その後、白鼻進は一人で帰る道すがら、子どもたちが読んでいたマンガ雑誌を勝手に取り上げ、読みふける。そうして目にした田河水泡の『のらくろ上等兵』に衝撃を受けた彼は、旧知の赤本出版社社長・宇宙亀吉(うちゅうかめきち)に、その面白さと将来性を語り、意地もプライドもかなぐり捨てて、二番煎じの『ぶちねこ四等水兵』を描くことを宣言する。

 『のらくろ』と同じように、本作は縦3コマを基本として描かれている。活字風のフォントやぶちねこの可愛らしさには、すぐにでもハマりそうな要素が満載で、もし当時、この表現に出会っていたなら──楽しまずにいられる自信はまったくない。

 合間に挟まるコラムも実にキャッチー。とはいえ内容は、1930年代の漫画文化を扱った専門的なもので、側注とあわせて当時の実情を知ることができる。解説・監修は京都国際マンガミュージアム学芸室員で、マンガ研究者の新美琢真氏。

 独創性には欠けていたが、白鼻進には時代を読む才覚があった。彼が打ち出す「もっと読まれるための施策」は、次々と機能する。そして亀吉の強引な売り出しもあり、『ぶちねこ四等水兵』は想像を超えた熱狂を巻き起こし、白鼻進は時の人となっていく。

 だが、いくら時流が読めたとしても、目指すところが違えば、その才覚は別の形で発揮される。「売れたい」という目標を第一とした白鼻進からは、徐々に倫理観と想像力がこぼれ落ち、周囲はその変化に声を失っていく。

 娯楽には力がある。だからこそ、創ることも、届けることも、読むことも、「加担」に直接結びつきうる。ただ、その責任を我がものとするのか、時代や何か他のもののせいにして逃れてしまえるものなのか──私たちは常に問われていることを自覚するよりほかない。おそらく白鼻進は、誰の中にもいるのだから。

(田中香織)

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