書評家4人の2022年解説文庫リスト

文=本の雑誌特派員


〔大森望〕

1月 『抵抗都市』佐々木譲(集英社文庫)
5月 『疫神記』チャック・ウェンディグ/茂木健訳(竹書房文庫)
6月 『チュベローズで待ってる AGE32』加藤シゲアキ(新潮文庫)
7月 『ブラック・フォン』ジョー・ヒル/白石朗ほか訳(ハーパーBOOKS)
8月 『ベストSF2022』大森望編(竹書房文庫) ★序・各編解題・後記
10月 『さよならの儀式』宮部みゆき(河出文庫)
12月 『呪い人形』望月諒子(集英社文庫)
   『ベーシックインカムの祈り』井上真偽(集英社文庫)

〔ひとこと〕
 解説の原稿を引き受けなければ読まなかった本というのがたまにあって、2022年で言えば『疫神記』がそれ。なにしろ上下巻合計1400ページ超のパンデミックものですからね。キング『ザ・スタンド』とマキャモン『スワン・ソング』の系譜に連なる終末SF大作とはいえ、大作すぎておいそれとは読めない。それでもちゃんと読み切る人はいて、『SFが読みたい!2023年版』「ベストSF2022」では27位にランクイン。鏡明氏は〈本の雑誌〉恒例の年間ベストテンで『疫神記』を5位に入れている。読まずにパスしていたら(SF読者として)若干のうしろめたさを禁じ得なかったところなので、解説を引き受けててよかった――というだけではなく、実際に読んでみると上巻の最後に思わず腰を抜かすような展開があり、とにかくびっくりするから読んでくださいよ目黒さん! と言いたいのに目黒さんはもういない。文庫解説を書く張り合いもなくなってしまったので、もし2023年の大森の解説本数が激減するとしたら、それはぜんぶ目黒さんのせいです。



〔杉江松恋〕

1月『まほり』高田大介(角川文庫)
2月『ひとんち 澤村伊智短編集』澤村伊智(光文社文庫)
  『黄金列車』佐藤亜紀(角川文庫)
3月『うしろから歩いてくる微笑』樋口有介(創元推理文庫)
  『論理仕掛けの奇談』有栖川有栖(角川文庫)※対談と構成
4月『メルキオールの惨劇』平山夢明(ハルキ文庫)
  『長い別れ』レイモンド・チャンドラー/田口俊樹訳(創元推理文庫)
6月『煉獄の獅子たち』深町秋生(角川文庫)
  『飛雲のごとく』あさのあつこ(文春文庫)
  『最後のページをめくるまで』水生大海(双葉文庫)
7月『昭和天皇の声』中路啓太(文春文庫)
  『1793』ニクラス・ナット・オ・ダーグ/ヘレンハルメ美穂訳(小学館文庫)
  『心音』乾ルカ(光文社文庫)
  『あむんぜん』平山夢明(集英社文庫)
  『喪失の冬を刻む』デイヴィッド・ヘスカ・ワンブリ・ワイデン/吉野弘人訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
8月『現代の小説2022 短篇ベストコレクション』(小学館文庫)
  『おじさんのトランク 幻燈小劇場』芦辺拓(光文社文庫)
  『終の盟約』楡周平(集英社文庫)
  『窓辺の愛書家』エリー・グリフィス/上條ひろみ訳(創元推理文庫)
9月『がん消滅の罠 暗殺腫瘍の謎』岩木一麻(宝島社文庫)
10月『緑の我が家』小野不由美(角川文庫)
  『血の配達屋さん』北見崇史(角川ホラー文庫)
  『彼女は水曜日に死んだ』リチャード・ラング/吉野弘人訳(東京創元社)
11月『約束の果て 黒と紫の国』高丘哲次(新潮文庫)
  『円丈落語全集3』三遊亭円丈(DUブックス)
  『トーキョー・キル』バリー・ランセット/白石朗訳(ホーム社)
  『火喰い鳥を、喰う』原浩(角川ホラー文庫)

〔ひとこと〕
 2022年は27本でしたよ、北上さん。たしかこの企画は「日本でいちばん解説を書いているのは杉江松恋ではないか」と北上さんが言い出したことから始まったと記憶している。実際にはいちばんどころではなく、私よりもたくさん書いている方はもっと他にいたわけだが。2021年などは12本にすぎなかったので、北上さんの予想を大きく下回ってしまったことになる。2022年はなんとか期待に応えられたのではないか。できすぎの数だが、これはたまたまだ。海外作品を6冊もやらせてもらっている。なんとレイモンド・チャンドラーまで。十代の自分に「おまえはいつかTHE LONG GOODBYEの解説を書くぞ」とか言ってやりたい。きっと信じないだろうな。

 記憶に残っているのはその『長い別れ』と『うしろから歩いてくる微笑』である。樋口有介の柚木草平シリーズは以前、『不良少女』の解説を担当した。そのとき、シリーズに登場する全女性リストというのを途中まで作ったのである。『うしろから歩いてくる微笑』は樋口の遺作なので、前に作ったリストを更新して完全版としてつけた。解説文以外にそういう仕事をすると記憶に残るものだ。『円丈落語全集3』は、生前の三遊亭円丈さんとご縁があったことから依頼されたもので、こちらには師が登場した雑誌記事や著書などのほぼ完全リストを併載してもらった。そういう面倒臭い仕事をするのが好きなのだ。

 文章だけで言えば、短い枚数で書かなければならないことをすべて入れた『黄金列車』の解説が会心の出来だった。素晴らしい小説に恥ずかしくない内容にはなったと思う。

 北上さん、これが2022年の解説仕事でした。来年からこのリストを送ることもないかと思うとさみしいですよ。



〔池上冬樹〕

1月 『看守の流儀』城山真一(宝島社文庫)
   『早朝始発の殺風景』青崎有吾(集英社文庫)
   『日本ハードボイルド全集3 河野典生/他人の城・憎悪のかたち』(創元推理文庫)
2月 『梟の一族』福田和代(集英社文庫)
3月 『花の骸』森村誠一(集英社文庫)
4月 『噤みの家』リサ・ガードナー/満園真木訳(小学館文庫)
5月 『謎掛鬼 警視庁捜査一課・小野瀬遥の黄昏事件簿』沢村鐵(双葉文庫)
7月 『特捜部Q―アサドの祈り―』ユッシ・エーズラ・オールスン/吉田奈保子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
8月 『沈黙のセールスマン』マイクル・Z・リューイン/石田善彦訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
9月 『スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン/田口俊樹訳(新潮文庫)
   『少年期 「九月の空」その後』高橋三千綱(集英社文庫)
12月 『志賀越みち』伊集院静(光文社文庫)

〔ひとこと〕
 毎年12月28日とか29日になると、目黒さんから簡単なメールがくる(目黒さんのメールはいつも短くて簡単)。「...年に刊行された解説文庫リストを送ってください。/刊行月、 書名、 著者名(訳者名)、 文庫名、この順にお書きください。/最後に...年を振り返っての短いコメントもお願いします。/1月6日くらいまでに送っていただけると助かります。/年内に送ってくれてもいいですよ。とにかく、 よろしく。/よいお年を。/北上次郎」という感じである。

 昨年もそのメールを待っていたのだが、年が明けてもこない。どうして来ないのかと思っているうち...いやいやいい。目黒さんの思い出は別のところに書く。

 ともかく目黒さんが楽しみにしていた企画である。自分から僕と大森さんと杉江松恋君に連絡をくれて、2015年から、書評家4人の解説文庫リスト掲載がはじまり、年始の恒例となった。自分の解説ばかりではたいして面白くないが、数人の同業者が何を担当して、どんな内容の原稿を書いているのかを探るのはとても面白い。同業者のみならず読むべき小説を探している読者にとっても参考になったのではないかと思う。

 さて、2022年は12本の文庫解説を担当したが、まずお薦めは『看守の流儀』と『早朝始発の殺風景』。前者は横山秀夫的なサスペンス+大どんでん返し(横山秀夫の新作を読みたい人の代替として最適)であり、後者は青春ミステリの傑作短篇集(エピローグも秀逸)。この二作、単行本で出たときから、収録されている短篇のいくつかを大学の創作学科の授業のテキストに使っているのだが、毎年好評である(という話、『早朝始発の殺風景』の解説に詳しく書いたのでご覧あれ)。

 リズ・ガードナーの新作もいい。カリン・スローター(北上次郎がもっとも強く推していた作家のひとり)と同じく女性たちの苦難の道程を切々と描く作家だ。

 でも、一冊だけをあげろといわれたら、やはりポール・ベンジャミンとなるだろうか。アメリカ文学の巨匠ポール・オースターのデビュー作で完全なハードボイルド・ミステリ。驚くほど完成度が高く、同時に父と子の交流など後のオースター文学の片鱗もうかがえて、感動的ですらある。解説には書かなかったが、この小説はもともと東江一紀(あがりえ・かずき)さんが翻訳するはずだった。「池上さん、ポール・ベンジャミン、僕が翻訳することになりました」と酒場でたまたま出会った東江さんから話を聞いたことがある。僕が「ミステリマガジン」に書いた短評(詳細は解説参照)を読んだからだろう。およそ三十年近く前の話だ。酒場は新宿・池林房。もちろんそばには目黒さんたちがいた。



〔北上次郎〕

1月 『熟れた月』宇佐美まこと(光文社文庫)
2月 『同潤会代官山アパートメント』三上延(新潮文庫)

   『エスケープ・トレイン』熊谷達也(光文社文庫)
   『隠居すごろく』西條奈加(角川文庫)
   『帰去来』大沢在昌(朝日文庫)
3月 『里奈の物語 疾走の先に』鈴木大介(文春文庫)

7月 『とむらい屋颯太』梶よう子(徳間時代小説文庫)
   『暗殺者グレイマン〔新版〕』マーク・グリーニー/伏見威蕃訳(ハヤカワ文庫NV)
8月 『雪と心臓』生馬直樹(集英社文庫)
9月 『雲を紡ぐ』伊吹有喜』(文春文庫)

   『それでも俺は、妻としたい』足立紳(新潮文庫)
   『明日の僕に風が吹く』乾ルカ(角川文庫)
11月 『二人の嘘』一雫ライオン(幻冬舎文庫)

12月 『淀川八景』藤野恵美(文春文庫)

※本の雑誌社で調べて作成しました。他にも解説文庫の情報がありましたらお知らせください。

  • 疫神記 (上) (竹書房文庫 う 4-1)
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  • 疫神記 (下) (竹書房文庫 う 4-2)
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