第212回:呉勝浩さん

作家の読書道 第212回:呉勝浩さん

2015年に『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を受賞、2018年には『白い衝動』で大藪春彦賞を受賞。そして新作『スワン』が話題となり、ますます注目度が高まる呉勝浩さん。小学生のうちにミステリーの面白さを知り、その後は映画の道を目指した青年が再び読書を始め、小説家を目指した経緯は? 気さくな口調を脳内で再現しながらお読みください。

その4「メフィスト賞に傾倒する」 (4/8)

  • クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫)
  • 『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫)』
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――映画の話ができて、実践的なこともできて、楽しかったのでは。

:はい、やっぱり大学の頃は楽しい日々ではありましたね。そこでまたちょっとだけ、本に戻りましたね。もちろんやりたいのは映画なのでそこまで大量に読むという感じではなかったけれど、学校の近くの古本屋さんで読み逃していた本をちょいちょい買って読んだりしていました。
 今でもつきあいのある友達が、わりと尖がった系の本を読んでいたんです。それこそ舞城王太郎さんとかが好きだって奴がいて、そいつが映画もかなり観ているので話をする機会が多くて。その流れで森博嗣さんの「S&Mシリーズ」を読むようになったんです。『有限と微小のパン』まで出ていたから、学校の購買部で月1冊ペースで買って読んで、そこで森さんのデビューのきっかけとなったメフィスト賞という存在を知るんです。友達からも、「西尾維新の『クビキリサイクル』を読め」とか言われたりして。それも「ああー面白いな」と思いながら読んだので、当時はメフィストメフィスト言ってましたね。でも、その頃一番衝撃的だったのは山口雅也さんの『奇偶』だったんですけれど。あれはもう、「こんな本があっていいのか」って。

――その頃は、どんなシナリオを書いていましたか。

:自分で撮ることを前提に書いているから、撮れない絵は書かないという、ちょっと良くないスパイラルに入っちゃって。警察ものにすると美術のハードルが一気に高くなるし、年配の役者さんを連れてくるのって大変だし。田舎だから交通費を出すだけでも結構なお金を払わなきゃいけないし。そもそも周りに何もないし。となると、「自分の手元にあるものでできる範囲のシナリオを書こう」となる。だから、ここでね、僕は物語の喜びを1回捨てているんですよね。あれは良くなかった。この時期が一番良くなかったかもしれない。

――卒業してからはどうされたのですか。

:今振り返っても悲しくなるような出来の卒業制作を一本撮り、でもなんとなく「いけるやろ」みたいな感じで就活も一切せずに、南河内から東大阪のほうに移ってウサギ小屋みたいなところで一人暮らしを始めて。あの部屋には7年くらい暮らしたのかな。途中、空白の3年みたいなのがあるんです。本当に何をしていたか憶えていない3年なんですよ。犯罪はしてないはずなんですけれど。
 その後は派遣の仕事をしたりして。でも仕事中に焼肉食いに行ったのがバレて、しらばっくれて「俺が食いに行った証拠でもあるんですか」って言ったら「見たんだよ」って言われて(笑)。それでクビになって失業して2か月後くらいに、先輩に「もう使わないからあげるよ」って言われてパソコンをもらうんです。それではじめて小説を書くんですよね。だいたい1か月弱くらいで、原稿用紙7~800枚くらい書いたのかな。

――え、そんなに!

:その時はもう、小説を書いていないとお金が無いことしか頭に浮かばないから。もう書くしかない。逃避ですよ、完全なる逃避。それがはじめて完成させた小説ですね。一応ミステリーで、館もので、不可能犯罪が起きて、主人公がワトソン役で、主人公の彼女が超能力者で、探偵も出てきてっていう。話も構造もとことんメタで、その主人公が作者になるっていう話なんですよね。完全にメフィスト系の話で、実際にメフィストに送ったんですよね。

――『新宿鮫』をパクろうとして3行も書けなかった人が、なにがどうして7~800枚も書けたんですか。

:一人称にしたからだと思います。そのおかげで、すべてが自由になった感じがしました。それで、なんか書けちゃったんですよね。さすがに語彙も増えていたはずですから。
 そのあたりから本格的にもう一回読書をするようになりました。その頃は営業の仕事が多かったんで、現地で結果を出した後でファミレス行って夕方まで読書をしてました。4~5時間働いて、4~5時間ファミレスでした。そのあたりで三大奇書を読んだりしましたね。小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、中井英夫の『虚無への供物』、夢野久作の『ドグラ・マグラ』。それと竹本健治さんの『匣の中の失楽』とか、レジェントたちの本を読み始めるんですよ。京極夏彦さんとか伊坂幸太郎さんも読みはじめて。ずっと読書するようになって、それで「小説、いいなあ」というふうにはなっていたんですよね。
 映画は自分の資質とか、いろんな事情でちょっと無理だなというのはなんとなく分かっていて、でも就職したいという気持ちもなく、そこで小説を見つけてしまったのでね。「ああ、これかあ」と完全なる勘違いをして、読書と並行して書く、というのを7年くらい続けたのかな。

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