第212回:呉勝浩さん

作家の読書道 第212回:呉勝浩さん

2015年に『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を受賞、2018年には『白い衝動』で大藪春彦賞を受賞。そして新作『スワン』が話題となり、ますます注目度が高まる呉勝浩さん。小学生のうちにミステリーの面白さを知り、その後は映画の道を目指した青年が再び読書を始め、小説家を目指した経緯は? 気さくな口調を脳内で再現しながらお読みください。

その7「ミステリー以外の読書」 (7/8)

――その後、映画はご覧になっていますか。

:それこそ大学を卒業して小説を書き始めてから、まったく見ていない10年くらいがあるんです。家にね、そういう設備がなかったんです。DVDプレイヤーを買うにも金がなくて、パソコンもそんなに優れてなかったのでなかなか観られなかったりとかで。ようやく最近、デビューしてから人並みの設備が整い、まとめて30本くらいを1か月とか2か月で観たりして、追いつこうとしています。最新作を劇場で観たりもします。やっぱり最近では「ジョーカー」が面白かったですよね。デビューしてから劇場で観た作品のなかで一番よかったかなあ。格好よかったから。ああいう問答無用に格好いいというのは、小説でどうやったらいいんだろうとか考えちゃいますよね。もちろん同じ文法ではないから。

――格好いいというのは、映画全体がですか。ホアキン・フェニックスが、ですか。

:映画全体も格好いいけれど、ホアキンもやっぱり格好いいですよね。やっぱりあの有名な階段のシーンを観た時に、もう物語がどうとか関係なしに体感として「格好いい」ってなるわけじゃないですか。あの問答無用な感じが小説でできたらそれこそ本望だなあと思いますよね。まあかなり難しいというか、ほぼ不可能じゃないかと思うけど。

――読書や映画鑑賞の記録はつけていますか。

:一時期やろうとしたんですけれど、続かなくて。一応、備忘録みたいな、「これを読んだ」というのは今年から付けるようにしています。でも年間100冊いかないですね。5~60冊くらいなのかな。皆さんの本を読むだけで「楽しいな」って言っていられたらいいけれど、やっぱりなかなかそうもいかないからなあ。

――お話うかがっていると、読書は国内のミステリー作家がやっぱり多いでしょうか。

:だいたい日本の作家ですね。ちょっと毛色の違う人でいうと、大学の頃に読んだ川上弘美さんの『溺レる』に入っている「さやさや」って短篇があるんですよ。あれがすげえ好きで。友達に薦められて読んだんですけれど、もう、すごく良かったですよね。女の人が主人公で、メザキさんという男の人に食事に誘われて蝦蛄を食べに行って。蝦蛄を食べながら、幼少期のちょっと駄目な叔父さんのことを回想する。帰る時に雨が降っていて、「わたし、おしっこしたくなっちゃった」って叢でおしっこしながら「なんか寂しいね」みたいなこを言うシーンが、素晴らしいんですよ。うわーっとなりました。そういうのにたまに出合いますね。
 プロになってからでいうと、乙川優三郎さんの『ロゴスの市』とか。徳間書店の担当さんが「ぜひ読んでくださいよ」と言ってきたんだけれど、どう考えても俺が読むようなタイプの本じゃない。なんだけれど、すげえ良かったんですよね。もう、文章が良いって感じで。だから、普段自分では読まないようなものを読んで衝撃を受けたりすることはあるから、読書の幅を狭めるのは良くないなと思うんですけれど。まあでも、9割はミステリー系です。

――ノンフィクションは読みますか。

:あ、たまに読みますね。この間も『殺しの柳川 日韓戦後秘史』っていう、大阪の在日のやくざのノンフィクションがあって、読んだらやっぱり面白い。僕も在日なんですけれど、韓国に対する思い入れが無さ過ぎて歴史とかも全然知らないんですよ。それを読んで「へえー」と思うことがたくさんあって。韓国に軍事政権があったとか、なんで軍事政権になったのかという一般常識レベルの歴史も知らなかったから「おー、勉強になるなあ」と思いながら読みました。あとはまあ、清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』はやっぱり傑作でしかないですよね。なんだか読むノンフィクション、ちょっと人殺しに偏ってますね(笑)。

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