
作家の読書道 第212回:呉勝浩さん
2015年に『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を受賞、2018年には『白い衝動』で大藪春彦賞を受賞。そして新作『スワン』が話題となり、ますます注目度が高まる呉勝浩さん。小学生のうちにミステリーの面白さを知り、その後は映画の道を目指した青年が再び読書を始め、小説家を目指した経緯は? 気さくな口調を脳内で再現しながらお読みください。
その6「メフィスト出身かそうじゃないか」 (6/8)
――ご自身が書くものは、読者を驚かせはしても、それがメインではないですよね。新作『スワン』も、浮かび上がってくる人の感情が突き刺さる話ですし。
呉:メインではなくなってきましたね。そこは毎回毎回、バランスを考えながら。でも近い将来、驚きをメインにした作品を書きたいというのもある。最近ね、『十角館の殺人』を再読して、やっぱりすげえな、って。これはやってみたくなるよなって思ったんですよ。「十角館」がすごいのは、最後に驚きの一文みたいなのがあって、その後にほとんど説明がない。謎を解く分量がね、少ないんです。だらだらだらだら「これはああであれはああだったからこうなったんだ」みたいな説明を書かないと成立しない作品も多いんですけれど、やっぱりね、「十角館」がすごいところはそこだな、って僕は個人的には思うんです。途中も面白いですしね。ほとんど最後の驚きのところしか記憶になかったけれど、読み返したら随所に工夫があって、超面白くて。やっぱりすごい作品なんだなと改めて思いました。あの切れ味はちょっとやってみたいなって思っちゃいますよね。できるかどうかはともかく。
毎作毎作自分なりにコンセプトを作りながら書いているので、必ずしも人間ドラマを書きたいとか、社会が云々、とかだけではないんですけれど。ただ、それをまったく書かないってところまで振り切れるかというと、難しいね。
――同時代、同世代の作家の作品はよく読みますか。
呉:これはまず、あのですね、辻村深月という人がいらっしゃいましてですね。
――もちろん存じ上げております(笑)。
呉:この方が若くしてメフィストでデビューされて、しかも僕のほぼ同世代だということをある時知るんです。その頃にはもういろんな作品をお出しになっていたんですけれど、僕は後追いで知るわけです。で、結構衝撃を受けるわけですよ。たとえば朝井リョウさんのような、僕より年下ではやくデビューされて大ヒット飛ばしているような人でも、メフィスト賞出身ではない。そこはわりと重要で(笑)。メフィストじゃないんだったら全然いい。何も思わん。でも、メフィストでやられちゃうと悔しいなあと思うんですね。
――辻村さんはメフィスト賞出身ですものね。
呉:その上、いわゆる一般文芸的な質も高い。たとえばメフィスト賞出身でも、西尾維新さんくらいの作風だと、さすがに自分と違いすぎてて何も思わないんだけれど、辻村さんって微妙じゃないですか。あの方は絶妙なポジションだから。それでね、僕がうだうだうだうだしているタイミングで直木賞もお獲りになって、「うわあああ」となって、たぶんそのあたりで、同世代に対するルサンチマンはだいぶ、ぐうーみたいなのが(笑)。
他には、芦沢央もそうだし、葉真中顕もそうだし、下村敦史というのもいるわけだけど。そのあたりの人っていうのは自分と選ぶ題材が近かったりするので、無視できないですよね。やっぱりいい作品を書かれると悔しいと思うんだけれど、みんないい作品書くから困っちゃうなと思って。
――その方々が新作を出すと必ず読みますか。
呉:だいたい読みますね。葉真中さんとかはね、本当に悔しいから読まなかった時期とかあるんですけれど、今はもう読むようになりましたね。普通に面白いし、勉強という意味合いもあるのかもしれないけれど、まあ、敵情視察みたいな感じですよ(笑)。題材が被ったら恥ずかしいし。
――ああ、呉さんの新作『スワン』では無差別殺人事件で生き残った少女がバレエを習っていますが、芦沢央さんの新作『カインは言わなかった』がダンスカンパニーの話だと聞いて、被っていると思って焦ったそうですね。
呉:そう、本当にびっくりしましたよ。あの時はまだ芦沢さんとは一回しか面識なかったからセーフって思ったけれど。下村敦史と被ったら「お前らちょっと気持ち悪いわ」と言われそうで、それだけは気を付けようと思って。
――下村さんとはそんなに仲が良いのですか。
呉:仲がいいか分からないですけれど、結構頻繁に。同業者で一番会うのは下村さんかな。乱歩賞繋がりだし、同じ関西だし。
――他に新作が出たら読む作家は。
呉:まずはもちろん有栖川さん。たぶんほとんどの著作を持っているはずです。あと、やっぱり横山秀夫さん。たくさん出さない人ですけれど、出たら買いますよね。東野さんも買っちゃうな。加賀恭一郎ものとか、湯川ものとか。東野さんの小説って、僕の中では、すごくベーシックとして優れているというか。自分が長篇を書いて最後のゲラ直ししている時に、並行して読んだりするんです。東野さんの装飾のない文章の感じをなんとなく取り込んで自分のゲラを読むと、「ああ、自分はここはやりすぎてるな」みたいなものが見えてきたりする。こねくり回したくなる気持ちを抑制してくれるんです。だから、東野さんの小説は僕にとってすげえ便利なんです(笑)。メトロノームみたいな使い方であれですけれど。もちろん作品も面白いんですけれど、そういうところでちょっと基準にしているところがあります。『白い衝動』を書いていた時には『無幻花』を並行して読んでいたし、今回『スワン』を書いた時は『希望の糸』を並行して読んだりして。でも『スワン』の時は、『NARUTO』も並行して読んでたので、ちょっと『NARUTO』感も出ちゃったかな。
――あはは。漫画もよく読みますか。
呉:暇なときとか、ちょっと行き詰っている時とか、わりと漫画を読んで逃避していますね。漫画を読むためにiPad買いましたからね。やっぱり面白いし、漫画の中に思わぬ発想とかもありますからね。ギャグ漫画とかも読むし、医療ものとか、自分とは縁がないものをたくさん読んだりするかな。最近は草水敏さんと恵三朗さんの『フラジャイル』とか読んでたし、押切蓮介さんの『ハイスコアガール』のようなポップなものも読むし。