第212回:呉勝浩さん

作家の読書道 第212回:呉勝浩さん

2015年に『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を受賞、2018年には『白い衝動』で大藪春彦賞を受賞。そして新作『スワン』が話題となり、ますます注目度が高まる呉勝浩さん。小学生のうちにミステリーの面白さを知り、その後は映画の道を目指した青年が再び読書を始め、小説家を目指した経緯は? 気さくな口調を脳内で再現しながらお読みください。

その8「2本の映画がきっかけの新作」 (8/8)

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――プロ作家になってからの、日々のリズムというのは。

:ないですね。起きたくなったら起き、寝たくなったら寝ます。本当に駄目な生活をしているんです。でも、ほぼ年2作のペースをギリギリ保てているうちは、それでやってみるか、という感じですね。
 最近引っ越したんですけれど、家の前が幼稚園で、真後ろが小学校なんですよ。お昼になると奴ら全力で歌とか歌い始めるんで、さすがにそれを聞きながら「密室殺人が」とかできんなと思ってね。だから夜中に書くことが多いですね。

――新作の『スワン』はショッピングモールで大量殺人事件が起きた後日、生き残った数人が謎の人物にお茶会に招待される。その一人、女子高生のいずみを視点人物として、あの日何があったのかが少しずつ明らかになっていく。この話の出発点というのは。

:2本の映画でしたね。『静かなる叫び』と『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。この2本でほぼ外郭というか、なんとなく、その後というイメージができあがっていって。

――『マンチェスター・バイ・ザ・シー』から『スワン』......。意外です。

:僕、結構いろんな作品とかいろんな映画とか漫画とかの影響を簡単に受けるし、それをペラペラ喋っちゃうんだけど、でも出力した時にはほぼ原形が無くなっている自信だけはあるんですよ。さっきの東野さんの話もそうですけれど、出てくるものは同じにできないし、なる訳がないって思っているんで、平気で影響を受け入れちゃうんですよね。僕としては『スワン』は『マンチェスター・バイ・ザ・シー』をパクッてるなあくらいの感覚でいるんだけれど(笑)。

――大きな理不尽な出来事があって、その後の話という共通点はありますよね。ただ、『スワン』はショッピングモールの無差別殺人事件を決めて、その後の展開はノープランだったそうですね。あんなにスリリングで、あんなに読み手を打ちのめすような真実にたどり着くのに、びっくりです。

:最初はショッピングモールの場面しかなかったんですよね。いずみという女の子を主人公に選んだあたりから、「なんとかなるかな」みたいな感じになり、その子が最後にいたのがスカイラウンジということになったあたりから「これは物語になるな」みたいな感じになり。でもそこから本当に苦しんだからね。2回目のお茶会になるまで本当に苦しくて、夜、散歩しながら「明日こそ編集者に電話して"もうやめたい"って言おう」って考えていて。ずーっとそんなんだったもん。でも、まあだいたいどの作品もそうですけれど、とりあえず書いて、書いて、書いて、ってやっているうちに、主人公やメインの敵キャラがどうしたいのかが見えてくるんですけれど。
 今回でいうと2回目のお茶会でいずみが「ここまでは大体予定通りだ」みたいなことを心の声で言う。あのあたりで「ああ、そうか」って。この主人公はこの物語の中でこういうことがしたいんだよなってことが分かってくる。そこからもちろん、過去に戻って書き直したりもするんですけれど。

――最後に浮かびあがる心理というか感情が書きたくてそこに向かって書いていたのかと思っていました。やっぱりあれば胸に迫るから。

:なるほど(笑)。一応ね、理想というか作品のコンセプトとして、悲劇を向き合う時にどうするかというのはもちろんあったので、最終的にあれが書きたかったかどうかと問われると、書きたかったはず。ただ、なんでそういうシーンになるかはすっぱり抜け落ちているので、そこをどう埋めていくかっている作業でしたね。そこはひたすら「どうしたら面白くなるか」っていうことを考えて書く。わりと難しいのは情報をどう読ませるか。それこそ横山秀夫さんの『ノースライト』なんかは、建築とかの豆知識みたいな部分もすげえ面白いんですよ。それはやっぱり文章力だと思うし、その物事に対する横山さんの視点の取り方とか、いろんな要素があるにはあるんだけれど。僕が書いたら情報でしかないものをちゃんと小説にしている。宮部みゆきさんの『名もなき毒』なんかも、冒頭の、おじいちゃんが歩いて死ぬだけの場面がすげえ面白いんですよ。なんでだろうって不思議でしょうがないの。そういうのに少しでも迫りたいって気持ちがあります。展開だけで面白さを作ろうとしても、どうしても説明せざるをえないところとか、落ち着いてじっくり書くほうがいい時もあって、そういうのをなんとか退屈せずに読んでもらえないかっていうのは結構考えながら書く。『スワン』に関しては、過去の反省も踏まえて、自分の中ではかなり頑張ったんじゃないかという気がしています。

――その結果、評判となり、発売前に重版もかかって。ただ、次の作品への期待が高まって、ハードルがまた高くなりましたね。

:実際困っています。なかなかやっぱり、走り出すまでが大変ですね。まだちょっと見えてこないなあという感じです。やっぱり書かないと分からないので。一応、はやければ来年の夏に出すのが理想なんですけれど、もうちょっと時間がかかりそうな作品なんだよな......。

――お待ちしてますね(笑)

(了)