第221回:高山羽根子さん

作家の読書道 第221回:高山羽根子さん

この夏、『首里の馬』で芥川賞を受賞した高山羽根子さん。これまでも一作ごとにファンを増やしてきた高山さん、多摩美術大学で日本画を専攻していたという経歴や、創元SF短編新人賞に佳作入選したことがデビューのきっかけであることも話題に。読んできた本のほか美術ほか影響を受けたものなど、高山さんの源泉について広くおうかがいします。

その3「アートや映画から広がる読書」 (3/7)

  • 幽霊たち (新潮文庫)
  • 『幽霊たち (新潮文庫)』
    ポール・オースター,Paul Auster,柴田 元幸
    新潮社
    473円(税込)
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  • イン・ザ・ペニー・アーケード (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
  • 『イン・ザ・ペニー・アーケード (白水Uブックス―海外小説の誘惑)』
    スティーヴン ミルハウザー,Millhauser,Steven,元幸, 柴田
    白水社
    1,320円(税込)
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  • 十三の物語
  • 『十三の物語』
    スティーヴン・ミルハウザー,柴田 元幸
    白水社
    2,970円(税込)
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  • ホーム・ラン
  • 『ホーム・ラン』
    スティーヴン・ミルハウザー,柴田 元幸
    白水社
    2,640円(税込)
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――多摩美術大学に進学して、専攻に日本画を選ばれたのはどうしてですか。

高山:受験する時にどこの科を受験するか選ぶんですが、鉛筆デッサンと、油絵を選んだら試験で油絵を、日本画なら水彩画を描くことになっていて。本当の日本画の絵の具は特殊で乾くのに何日もかかるので、受験では水彩でした。油絵は自分の表現をしなきゃならない部分が強いけれど、日本画はわりとあるものをあるように素直に描けば「なんとなく」のところまではうまくいくと思ったんです。トップを取るのは難しくても、受験に受かるか受からないかのレベルならなんとかなるかな、と。その頃の自分は本当に、個性とかそういうことに関して興味がなくて、あるものをあるがまま描くのがよかろうみたいな気持ちがあったんです。
 それと、その頃の多摩美の学長さんが日本美術を専門としている辻惟雄さんという人だったんです。私が入った1990年後半って、若冲とか海外から逆輸入された奇想の日本画家みたいな存在が再発見されて面白がられはじめた時期だったんです。辻さんには『奇想の系譜』という著書があって、メインストリームではない、ちょっと変わったものを作っている日本画家たちに視点を当てた人で、当時私もすごく影響を受けました。多摩美には他にいろんな先生がいるんですけれど、「あの先生の授業を取りたい」という人が多かったというのもあります。

――美大だと、作品制作の授業も多いわけですよね。

高山:そうです。制作の時間のほかに、1年生だったら一般教養などの授業があり、2年くらいから専門の学問の授業もあります。一般教養の授業はもちろん体育とか英語もあるし、あとは解剖学とかもありました。2、3年になると他の科の取るようなゼミでも自由に取れて、自由にやりたいことをやらせてもらえました。それが楽しくて、他の人にくらべると絵の実習よりも授業を受けていたほうだと思います。本も、大学に入ってからのほうが能動的に買って読んでいました。

――どんな本を読んだのですか。

高山:さきほど家の本棚にサリンジャーがあって嫌だなと思ったと言いましたが、大学に入る前後だったかな、ポール・オースターを読んで「わ、すごい」と思って、家の本棚にサリンジャーがあったなと思い出して、そうか、一周まわっているんだな、と再発見したというか。やっぱり自分で発見することが大事ですよね。
 20歳前後の頃は翻訳ものをよく読みました。スティーヴン・ミルハウザーとか、ほとんどアメリカ文学だったと思います。やっぱり映画でも現代美術でも、小説をテーマに扱っている作品が多いんですよ。ビート・ジェネレーションと同世代の人が写真家になったり、ポール・オースターの小説を下敷きにして作品を作っている人がいたり。それをもっとよく知るために、やっぱり本を読みたいなというところから読書に入っていきました。

――オースターやミルハウザーは何が好きですか。

高山:オースターは『幽霊たち』。三部作のひとつですね。あれを最初に読んだんじゃないかなと思います。たしか、何かの作家さんが「読んでいます」と言っていたから知ったんじゃないかな。ミルハウザーはたしかはじめて読んだのが『イン・ザ・ペニー・アーケード』で、『十三の物語』も好きだし、最近出た短篇集の『ホーム・ラン』ものすごく好きです。
 ほかにヨーロッパのSFとかも、スタニスワフ・レムの小説が映画になっているところから知ったりして。そういうルートからSF的なものを摂取し始めたのも大学生くらいからですね。

――タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」を観て、原作はレムの小説なんだな、と知って読んでみる、という感じですか。

高山:そうです、そうです。高校生の時にギリシアのテオ・アンゲロプロス監督の「こうのとり、たちずさんで」を観てすごくショックを受けたんですよね。そこからハリウッド映画や日本の映画とは別の映画を観始めて、そこにタルコフスキーも含まれていました。最初その延長上で本を読み始めたら、本がものすごく人生の中に食い込んできて。能動的に本を買って読もうとか、借りて読んでも面白かったら自分でも買おうとか、本を持つことの幸せみたいなものを感じるようになりました。

――アンゲロプロスやタルコフスキー以外に、どんな監督や作品が好きでしたか。

高山:もともとはハリウッド映画も好きだったし、どっちも面白いなと思います。「E.T.」も大好きでしたし、「2001年宇宙の旅」も好きだし、コーエン兄弟の「ファーゴ」や「ノーカントリー」もすごく好きです。それと、私が高校生か大学生の頃に香港映画がすごく流行っていましたね。ウォン・カーウァイ監督の「恋する惑星」とかがジャック&ベティで上映していて、その延長で、中国の「第五世代」、チャン・イーモウの作品もすごく流れていたんです。たぶん、カンヌとヴェネツィアの映画祭でそういう監督がどんどん認められていって話題になっていたから、郊外の高校生や大学生が観られるところまで届いた時代だったんです。

――チャン・イーモウは「紅いコーリャン」とか「初恋のきた道」とかの監督。

高山:そう、それこそ、「紅いコーリャン」って原作がちょっと前にノーベル文学賞を受賞した莫言じゃないですか。そういうところから海外の文章を読むようになったところもあります。

――映画の上映情報ってどうやって入手してました?

高山:当時は「ぴあ」くらいしかありませんでした。ネットもないし、携帯電話だって数字しか表示されないような携帯電話だったし。昔はDVDもなかったので、観ようと思ったら本当に映画館に行かないと観られなかったので、料金が1000円とか700円のサービスデーとかをチェックして行っていました。「ぴあ」も毎週は買えないから、いい特集がある時に買っておいて、上映のタイムスケジュールの一覧を眺めて観てまわる順番を組み立てたりして。便利でしたね。あとは映画館に行った時の予告編とかチラシとかを集めました。美術館に行く時も入り口にあるチラシを片っ端から取っていましたね。

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