第226回:酉島伝法さん

作家の読書道 第226回:酉島伝法さん

2011年に「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞、造語を駆使した文章と自筆のイラストで作り上げた異形の世界観で読者を圧倒した酉島伝法さん。2013年に作品集『皆勤の徒』、2019年に第一長編『宿借りの星』で日本SF大賞を受賞した酉島さんは、もともとイラストレーター&デザイナー。幼い頃からの読書生活、そして小説を書き始めたきっかけとは? リモートでお話をおうかがいしました。

その8「自作について」 (8/8)

  • 皆勤の徒 (創元SF文庫) (創元SF文庫)
  • 『皆勤の徒 (創元SF文庫) (創元SF文庫)』
    酉島 伝法
    東京創元社
    1,056円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • オクトローグ 酉島伝法作品集成
  • 『オクトローグ 酉島伝法作品集成』
    酉島 伝法
    早川書房
    2,530円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 宿借りの星 (創元日本SF叢書)
  • 『宿借りの星 (創元日本SF叢書)』
    酉島 伝法
    東京創元社
    3,300円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ぽっぺん先生と帰らずの沼 (岩波少年文庫)
  • 『ぽっぺん先生と帰らずの沼 (岩波少年文庫)』
    舟崎 克彦
    岩波書店
  • 商品を購入する
    Amazon

――デビュー後、別のお仕事も並行されているのですか。

酉島:僕は書くのが遅い上に、当初はまだ読める小説を書くことに抵抗があったせいで、編集者から疑問点の指摘が目眩を覚えるほど大量にくるんです。兼業じゃないと生活が苦しいので、ゲラが届く度に休みを貰って対応していたのですが、小説の依頼が増えてくると無理がでてきて、なし崩し的に専業になりました。

――1冊1冊、時間をかけて書かれている印象だったので、つい聞いてしまいました。

酉島:いろいろな事情から、『皆勤の徒』の次の本を出すまでに6年もかかってしまいました。その間も、『オクトローグ』や『るん(笑)』に収録されることになる短編や中編などを発表していてはいたのですが。
 編集部からは、『皆勤の徒』が大変すぎたせいか、「今度はこの世のものでお願いします」って言われたんですよ。それで地球のところどころに異形の生態系が出現する人間の群像劇を考えて、50枚くらい書いたところで、そっくりな小説が刊行されたんです。SF大賞を獲った森岡浩之さんの『突変』ですね。それで一旦白紙にして一から考え直すことにしたのですが、なんにもアイデアが浮かばないまま時が過ぎ......突然、編集部から「東京創元社のラインナップ説明会に出て」と電話がかかってきたんです。まだ一行も書いてないのに。たぶん発破をかけようとしたんでしょうね。時間がなくて慌ててスケッチを書いたりしているうちに、頓挫していた設定を裏返しにしてアイデアを広げればいけるんじゃないか、むしろそっちのほうが面白いんじゃないか、と閃いたんですよ。そこから、異形たちの「次郎長三国志」みたいな世界に、滅ぼしたはずの人類が密かに忍び寄ってくる、という骨格ができたんです。その時点で、「今度はこの世のもので」という約束の方もひっくり返ってしまったわけですが。そこからも難渋しました。『皆勤の徒』の時は、異形でも人類に由来する存在が多かったからまだよかったんですけれど、異星生物の主観で書くとなると、こちらの意識がついていかなくて。たとえば四ツ目で全方位が見える生物なのに「後ろを振り返る」と書いてしまうんですね。「振り返らんでもええやん」と。なかなか進まず鬱々としていたのですが、あるとき試しに河原で書いてみたら、妙に集中できて捗ったので、それから毎日出ていくようになりました。よく蟹が現れるので、動きを観察して甲殻系のキャラクターに取り入れたりも。

――そうして出来上がったのが、『宿借りの星』なんですね。

ええ。河原でのめり込んで書けるようになったのはいいのですが、キャラクターたちがどんどんプロットにない動きをはじめ、設定が増殖してとめどなくページが増え、刊行するつもりだった年は過ぎていき、最終的には予定していたページ数の倍ほどになっていました。さらにそこからカバーや挿絵を描いて。その頃には『宿借りの星』の世界にあまりにも馴染みすぎて、離れるのが寂しくなっていました。

――「次郎長三国志」は好きだったのですか。

酉島:マキノ雅弘が撮った全10作の映画が面白くてですね。村上元三の原作も読みました。道中ものの構造を借りれば長編を書けそうな気がしたのと、異星の殺戮生物なので任侠ものというのはしっくりくるなと。
 幕間の「海」では、魚に食べられることで寄生を繰り返していくんですが、あの部分を書きながら思い浮かべていたのは『ぽっぺん先生と帰らずの沼』でした。子供の頃に放映されたスペシャルアニメなんですが、大きい魚に食べられてはそちらに意識が乗り移っていくのがすごく印象的で。あとで分かったんですが、原作を書かれた舟崎克彦さんは、担当編集者の大学の時の先生だったそうです。ちなみに、『宿借りの星』には甲殻系の種族がたくさん出てきますけれど、担当さんは甲殻アレルギーです。

――あはは、気の毒ですね。さて、新作『るん(笑)』は3篇収録されています。現代医学が否定されている世界で、38度の熱が続く男の話、末期の「蟠り」で患う母親が新たな治療法を始める話、山である生物を発見する少年の話。3篇はゆるやかな繫がりがありますね。それにしても、タイトルの意味を知った時、もう、がつーんと殴られた気持ちになりましたよ!

酉島:(笑)。まず新たな呼称として「蟠り」を作って、さらなる呼称で二重に覆ってしまおうと考えました。もとの単語と似ている語感で、しかも明るい気分になる言葉といったら、「るん」しかないなと。「(笑)」は、インタビュー記事などによく出てきますけれど、ときどき違和感をおぼえることがあって、そこを強調してみようと。ドラマ「アリー・マイ・ラブ」の笑顔セラピーも頭にありました。ひどいことを言われてもずっと笑顔でいようとしていたのが印象的で。不謹慎だと言われるかもしれないと思ったけれど、そこを書かないと意味がないので。

――似非科学が広まっていたり、フェイクニュース的なところがあったりと、狙ったわけじゃないんでしょうけれど、コロナ禍の今と重なりますね。

酉島:そうなんですよね。うちの親が親戚に健康食品を買わされ続けていたことや血液型占いで性格を決めつけられることなど、子供の頃からずっと感じてきた違和感や、知り合いが医学的根拠のない健康法のことを常識のように話していたり、身内が病気になって気づかされた疑似医療の蔓延などから、自分が思っているよりも世界はそうなっているんじゃないかと危惧するようになって。それと同時に、医療では助からないと知らされる絶望や、すがりたい気持ちにも直面することになり、批判だけではなく、そちら側の視点から描くことでなにか分かることがあるかもしれないと。
 まあ、こんなふうに現実とリンクするとは思っていなかったんですが。

――違和感を抱いていることや、嫌だなと思ったことは、書いているうちににじみ出てくる感じですか。

酉島:にじみ出てくる時もあるし、過去の記憶をたどっていくうちに出くわすこともあります。

――今、ご自身のジャンルに関してはどのように思っていますか。

酉島:あまりジャンル意識はないですね。自分が書いているのは、舞台が異世界であっても、その世界の住人が書いているノンフィクションや小説のつもりだからかもしれません。異質に見えるガジェットでも、彼らは我々が冷蔵庫を使うように使います。とはいえ、その世界自体は描かないといけないわけですし、僕の場合は現代の人間の話であれ、SF的な思考を取り入れたほうが確実に話が面白くなる感触はあり、創元SF短編賞でデビューできたのは幸運だったなと思っています。

――普段の生活のタイムテーブルって決まっていますか。

酉島:だいたい朝8時か9時くらいに起きてご飯を食べてから、今は寒いのでちょっと無理ですけれど、川に出て2~3時間書いて、帰ってきてご飯を食べてからまた川に出て2~3時間書いて、夜は家で2~3時間、という感じです。やっぱり川だとすごく集中できますね。『るん(笑)』の3話目の「猫の舌と宇宙耳」は猫がいなくなった世界なんですが、書いている時にはよく猫がやってきて傍らでくつろいだりして、不思議な感じでした。視線を感じるなと思って顔をあげたら、イタチがじっとこっちを見ていたこともありましたね。土手の上の道路にすごく仲良さそうな親子がいて「幸せそうやなあ」と思っていたら後ろからカメラと照明が現れて、「ドラマの撮影なんであと30メートル向こうに行ってもらえませんか」って言われたり。いろいろあります。

――今後の創作については、どういうご予定でしょうか。

酉島:これまでのような造語を多用した話も書きつつ、もっと人間の話も書いていきたいと思っています。といいつつ、先月出たアンソロジー『短篇宇宙』に書いた短篇は、惑星が主人公ですが。

(了)