作家の読書道 第232回:浜口倫太郎さん

2010年にピン芸人を主人公にした『アゲイン』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞、翌年書籍化してデビューした浜口倫太郎さんは、元放送作家。関西の数々の番組に携わっていたけれど、小学生の頃から目指していたのは小説家。でも、デビューするのは30歳を過ぎてからと思っていたという。その理由は? それまでにどんな作品に触れ、どんなエッセンスを吸収してきたのか。好きな作家や作品、映画などについて、たっぷりおうかがいしました。

その1「星新一作品との出合い」 (1/6)

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――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

浜口:幼稚園の頃に読んだ『アンパンマン』ですね。まだ初期のアンパンマンで、今のアニメの姿じゃなくて等身大だったんです。アンパンをあげる時も身を削っている感じで、リアルでちょっと怖かった。それで憶えています。

――本をよく読む子どもでしたか。

浜口:うちの母親が読書家だったので、家にいっぱい本はあったんです。森村誠一さんとか松本清張さんとか。だから本を読む習慣は縁遠いものじゃなかったです。ただ、僕は4人きょうだいの一番上だったんですよ。下がいっぱいいるんで親も僕には手が回らない。だから自分で適当に選んで読んでいました。『一休さん』とか『吉四六さん』といったトンチ系の話が好きでしたね。ちょっとひねくれてたので、普通の童話とかはあんまり読んでなかった。あとから思うと、『吉四六さん』は落語ネタが結構入っている。「まんじゅうこわい」とかを読んで、なんて頭がいいんだろう、って。オチの一言もよくて、子ども心にこれは面白いと思ってました。

――小学校に入ってからの読書生活は広がりました?

浜口:広がりました。一番人生を変えたのが、星新一先生です。たしか小学校3年生の時にはじめて読みました。こんな小説があるんやと思いましたね。教科書に「おみやげ」が載っていたんだと思います。宇宙人が前史時代の地球にやってきて、ロケットの設計図や若返りの薬の作り方なんかをカプセルに詰めて、おみやげとして置いていく。その後、人類が生まれるんだけど......という話。それが面白くて、図書館に行ったら星先生の本がたくさんあったので、ドハマりしました。もう、暗記するくらい読んでました。「ボッコちゃん」「おーい でてこーい」「午後の恐竜」といった有名どころはもちろん全部読みましたし、「オアシス」なんかもむっちゃ面白かった。宇宙船で旅してて水がなくなって困っていたら、オアシスのある星を見つけてみんな喜ぶんだけれど...という。絶頂からの絶望への落差って星作品の魅力ですけど、それってショートショートだからできるんですよね。長篇小説であんなオチやったら成立しないと思いますが、ショートショートでハラハラドキドキさせてから急速であのオチっていうのがすごくて。最後の絵もいいんですね。「ボッコちゃん」なんかも絵がすごくよかった。

――真鍋博さんのイラストですよね。

浜口:そうですね。星作品はイラストの魅力もありました。

――テレビや映画などは好きでしたか。

浜口:関西の人間なんで、テレビは吉本新喜劇のお笑いを見ていました。小学生の時に「4時ですよ~だ」が始まるんですよ。僕はそれでダウンタウンを知りました。学校のみんなはまだドリフの話とかしてたから、僕はちょっとひねていたんですよね。そうやって自分の好きなお笑いを見つけていたし、星新一作品もユーモアとウィットが強いから、それで僕の中でお笑いと小説は密接に結びついていきました。
 星さんには本当に影響を受けました。エリートしかなれない宇宙飛行士を目指して奮闘してきた主人公がようやくもうすぐなれる、という時に......という「空への門」を読んで、なんて残酷なんやって。あれを読んだ時、一生できる仕事を選ぼうと思って、作家になりたいって思いました。

――ああ、その頃すでに作家になりたいと思ったんですね。

浜口:星さんの後は筒井康隆さんに走りました。『農協月へ行く』とか、星さんとまったく違った、スラップスティックというかナンセンスなんですよね。星作品はあらかじめ考えて完璧に設計されているけれど、筒井作品は入り口だけ考えてあとははちゃめちゃという感じで。それがすごく面白かった。
 それで星さんと筒井さんのエッセイも読むようになったんですが、星さんの『きまぐれ学問所』で小説の作り方を学びました。アイデアの作り方について、異質なもの同士を組み合わせると書いている。もともとはアシモフが言っていたらしいんですけれど、たとえば「ロボット」と「道草」といった、異質なもの同士を組み合わせて話を考える。アイデアってこうやって作るんだと思いました。
 筒井さんのエッセイに「大衆小説は30歳くらいからじゃないと書けない」というようなことが書かれてあったんです。あ、それならまだ書かんほうがいいんやと思って。星さんも30代になってからデビューしているし、自分も30歳になってから小説家になろうと思いました。20代で活躍している作家もいっぱいいるけれど、自分は勝手にそう思ったんです。
 のちのち、高校時代だったかに世阿弥の『風姿花伝』を読んだんですが、「時分の花」と「まことの花」ということを書いている。若い時に評価されるとすぐ消えるから、真実の花をどう見つけるか、ということかなと思いましたね。それもあって、やっぱり小説は30歳になってから書こうと思って。小説家になれることは疑っていませんでした。自分でもどうかと思いますが、なれないという発想はなかった。

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