第232回:浜口倫太郎さん

作家の読書道 第232回:浜口倫太郎さん

2010年にピン芸人を主人公にした『アゲイン』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞、翌年書籍化してデビューした浜口倫太郎さんは、元放送作家。関西の数々の番組に携わっていたけれど、小学生の頃から目指していたのは小説家。でも、デビューするのは30歳を過ぎてからと思っていたという。その理由は? それまでにどんな作品に触れ、どんなエッセンスを吸収してきたのか。好きな作家や作品、映画などについて、たっぷりおうかがいしました。

その2「お笑いと小説」 (2/6)

  • アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫)
  • 『アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫)』
    昭如, 野坂
    新潮社
    605円(税込)
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  • 火星人ゴーホーム
  • 『火星人ゴーホーム』
    フレドリック・ブラウン,稲葉明雄
    グーテンベルク21
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  • 73光年の妖怪
  • 『73光年の妖怪』
    フレドリック・ブラウン,井上一夫
    グーテンベルク21
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  • 神話の法則 夢を語る技術
  • 『神話の法則 夢を語る技術』
    クリストファー・ボグラー
    ストーリーアーツ&サイエンス研究所
    5,560円(税込)
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  • アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ クリスティー,Christie,Agatha,詩津子, 羽田
    早川書房
    902円(税込)
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――学校の国語の授業は好きでしたか。

浜口:全然好きじゃないです。それもひねくれていて。野坂昭如さんのエッセイか何かを読んでいたら、野坂さんの娘さんが、学校の授業で『火垂るの墓』を読んで「この時作者はどう思ったか」という問いが出たらしくて。「お父さんどう思ったの」と訊かれて「締切がバタバタでどうしようかと思ってた」と答えて、娘さんがそのまま書いてバツをくらったっていう。そんなもんなんやなと思いました。それで、テストの「作者はどう思ったか」という質問はいつも適当に答えて点数が悪かったです。

――野坂さんも読んでいたのですか。

浜口:『エロ事師たち』を読んだら面白くて、それでエッセイも読んだんだと思います。他には小学校の時はSFばっかり読んでいました。ヴェルヌとかウェルズとかブラッドベリとかの、少年SFみたいなものを片っ端から読んでいました。
 いちばん好きだったのはフレドリック・ブラウンでした。『火星人ゴーホーム』とかってちょっとユーモアがあるんですよね。短篇の「危ないやつら」は、犯罪者が精神科の施設から脱走している町で、駅の待合室で二人の男が出会って、お互いに相手が殺人鬼ちゃうんかって疑心暗鬼になって、殺し合い寸前になっていく。そこに一人の男が来て...という話で、短い中にユーモアとサスペンスがある。いちばん好きなのは『73光年の妖怪』で、これは宇宙から来た知的生命体と物理学者の闘いの話なんです。サスペンス要素が強くて、その生命体は動物にとり憑いて操るんですが、次の動物に乗り移るためには、今とり憑いている動物が死ななくてはいけない。それで自殺させるんです。物理学者がその町だけ自殺する人間や動物が多いことに気づいて推理するんですが、実は、その時そばにいる猫に例の生命体が乗り移っているんです。学者はまったく気づいていないから、もうドキドキしましたね。それがサスペンスの面白さだと気づきました。
 ヒッチコックも、サスペンスとサプライズの違いを語っていますよね。たとえばある二人の男が会話をしている。その向かい合っている二人の机の下に爆弾がある。それを観客が知っているか知らないか。知らないと、突然爆発して観客は驚く。これがサプライズ。知っていれば、その二人の男がなんでもない会話をしていても、観客はいつ爆発するかとハラハラする。これがサスペンスで、断然サスペンスの方が面白い。ただの会話のシーンでも観客は興味をひきたてられますから。『73光年の妖怪』は後者をドンピシャでやっているんですよね。

――お話うかがっていると、創作に関する本やエッセイもいろいろ読まれているんですね。

浜口:高校時代から10代の後半にかけて読んでいました。クリストファー・ボグラーの『神話の法則』とか。星さんの『きまぐれ学問所』はすごく参考になりました。さきほども言った組み合わせの法則とか、物事を逆さに見ることとか......。「南極物語」って、南極に残された犬たちがペンギンとか食べながら生き延びる感動の話じゃないですか。でも星さんに言わせれば、ペンギンの目線から見たらたまったもんじゃない。それで「探検隊」という短篇を書かれてますよね。

――お笑いも好きだったということで、学校で面白いこと言おうとするような子どもでしたか。

浜口:内に秘めていたというか。斜に構える嫌な奴だったんです。全然明るくなかった。小説が好きだったから、面白いことを思いついても、それは作品として残すものでお喋りで披露するものって感じではなかったんです。

――中学時代はいかがでしたか。

浜口:一回引っ越したら新しい学校が合わなくて、登校拒否になったんです。それでやっぱり本ばっかり読んでいました。中学になってからミステリを読むようになりました。ホームズとかポアロとか。ポアロが一番好きでした。やっぱり名探偵ってキャラクターなんだなって思って。ポアロってちょっと癖があるじゃないですか。しかもヘイスティングズって、ワトソンと比べるとアホさが目立つでしょう(笑)。ヘイスティングズのアホさもだいぶポアロシリーズの人気に繋がっていると思うんですけれど。そうした上で『アクロイド殺し』とか『オリエンタル急行殺人事件』とかがある。ミステリーで面白いことってもう全部クリスティーがやりつくしている。『カーテン』なんてもう、考えられないですよ。今後ミステリーを読んでもこれ以上驚くことはないんちゃうかって、びっくりしました。
 当時は他に、クイーンやカー、江戸川乱歩や横溝正史も読みましたが、あまりトリックとかフーダニットとかハウダニットには興味なかったですね。ホワイダニットが好みに合いました。

――中学校はそのまま通わなかったのですか。

浜口:いや、2か月くらいで元の学校に戻ったんです。引っ越し先から通学時間はかかりましたけど、登校拒否するよりはいいですから。元の学校では歓送会もやってくれてプレゼントもいっぱいもらったのにすぐ戻ってきたから「なんやねんお前」って(笑)。なぜ戻ったのか言わないでいたら、「好きな子がいてその子のために戻ってきた」っていう美談になっていました(笑)。

――高校生活は。

浜口:地元の県立高校に行きました。家から近かったし、部活もやっていないし、人生変わらなかったです。その頃はミステリーも読みつつ、夏目漱石とか太宰治とかも読みました。漱石は『吾輩は猫である』と『坊っちゃん』が好きですね。ユーモアがあるじゃないですか。あれは漱石も笑いながら書いたと思うんです。太宰治も『人間失格』とか『お伽草紙』とか『グッド・バイ』とかいった、ちょっと笑いの要素があるものが好きでした。『人間失格』なんて笑いながら読みました。だから、僕の中では小説とお笑いって一緒なんですよね。なのになんで今、そうなっていないのか不思議ですね。僕はユーモアのない小説って理解できないのに。

――本以外で夢中になったことはありましたか。

浜口:漫画とゲームですね。漫画は「ジャンプ」世代で、ベタに『キン肉マン』や『キャプテン翼』などを読んでいましたが、いちばん好きなのは『ドラゴンボール』でしたね。やっぱり鳥山先生の絵の迫力とカット割りはすごい。あんなのができるなんて特殊能力ですよ。それで、サイヤ人たちがひとつの星を滅亡させて星を売っているという設定があって、そこにベジータのドラマが生まれていて、SFとして優れているなと思いました。トランクス編になると時系列をいじっていたりしているし、鳥山先生はすごくSFを読まれている方なのかなと思いました。
 ゲームは「マリオ」「ファイナルファンタジー」、「ドラクエ」といった、みんながやるようなものを全部やってました。それとは別に、自分にとってエポックメイキングだったゲームがあって。誰も知らないんですが、「moon」というRPGがあったんですよ。通常のRPGの約束事を全部裏切っている内容で、勇者に殺されたモンスターたちの魂を甦らせていくんです。他のRPGだったら勇者が人の家に入ってタンスからモノを取ったりするのは当たり前なんですけれど、このゲームではそういう時に住民が「なにやってるんだ」って怒ってくる。ゲームでお笑いができるんやと思って、衝撃を受けました。
 僕の周りは誰もこのゲームを知らなくて、唯一知っていたのがツチヤタカユキという放送作家でした。「笑いのカイブツ」を書いた奴ですね。あいつも「あのゲームの話できたの浜口さんだけですよ」って言ってました。

――お笑いは相変わらず追ってました?

浜口:追ってました。2丁目劇場の芸人が出ていた「すんげー!Best10」なんかで、千原兄弟とか、ジャリズムとかが合体ユニットでランキング競ったりしていて、これはドハマりしました。僕の世代の関西のお笑い好きは全員見ていましたね。ジャリズムがSFの設定の入ったシュールなコントをやっていたりして。
 中島らもさんを読んできたのでシュールなものも好きだったんですよね。シュールの流れでいうと、高橋源一郎さんの『さようなら、ギャングたち』を読んで衝撃を受けました。小説ってこんなこともできるんだと思って。むちゃくちゃなんだけれども印象に残る。

  • オリエント急行殺人事件 (偕成社文庫)
  • 『オリエント急行殺人事件 (偕成社文庫)』
    アガサ クリスティ,Christie,Agatha,美ど里, 茅野
    偕成社
    770円(税込)
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  • カーテン(クリスティー文庫)
  • 『カーテン(クリスティー文庫)』
    アガサ・クリスティー,田口 俊樹
    早川書房
    946円(税込)
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  • グッド・バイ (ハルキ文庫)
  • 『グッド・バイ (ハルキ文庫)』
    太宰 治
    角川春樹事務所
    293円(税込)
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  • キン肉マン 1 (ジャンプコミックス)
  • 『キン肉マン 1 (ジャンプコミックス)』
    ゆでたまご
    集英社
    484円(税込)
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  • キャプテン翼 1 (ジャンプコミックス)
  • 『キャプテン翼 1 (ジャンプコミックス)』
    高橋 陽一
    集英社
    440円(税込)
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  • さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)
  • 『さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)』
    高橋 源一郎,加藤 典洋
    講談社
    1,540円(税込)
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