
作家の読書道 第232回:浜口倫太郎さん
2010年にピン芸人を主人公にした『アゲイン』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞、翌年書籍化してデビューした浜口倫太郎さんは、元放送作家。関西の数々の番組に携わっていたけれど、小学生の頃から目指していたのは小説家。でも、デビューするのは30歳を過ぎてからと思っていたという。その理由は? それまでにどんな作品に触れ、どんなエッセンスを吸収してきたのか。好きな作家や作品、映画などについて、たっぷりおうかがいしました。
その4「放送作家に転身」 (4/6)
――それから、いろいろ漫才の台本を書いていたのですか。
浜口:書いて、「ちょっと見せて」と言われて出す、の繰り返しで。その頃はまだ、YouTubeとかがないので、上方演芸資料館に通ってずっと過去の映像を見てネタを書き写して分析していました。
でも、難しかったですね。よく小説で漫才のシーンがありますが、あれって実際のものと全然違うんですよ。読んでいて面白いものと、やって面白いものは違うんです。その違いを身に着けるまでにすごく苦労しました。それからテレビの仕事をするようになりました。関西の人しか知らないと思いますが、「クイズ!紳助くん」から始めて、そこから仕事がどんどん入ってくるようになって。
――相当忙しかったのでは。
浜口:忙しかったですね。明らかに本を読むスピードが落ちました。その頃読んでいたのは、10代から読んできた山田風太郎の「忍法帖」のシリーズとか、吉川英治の『宮本武蔵』とか『三国志』とか『新・水滸伝』とか。歴史ものを読んでいたのは、やっぱりキャプラを観た時と同じで、人間ドラマを書ける作家にならないと長続きしないと思ったからです。デビューしてすぐ消える作家にはなりたくなかった。司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』とか『坂の上の雲』なんかも読みましたね。ドハマりしたのは藤沢周平さんでした。『蝉しぐれ』とか「隠し剣」シリーズなどを読みました。子どもの頃は読んでも人情の機微が分からなかったけれど、やっと大人の読み方ができるようになったなと思いました。
夢枕獏さんも好きでした。キャラクターが魅力的で。そのあたりから小説におけるキャラクターというものを考えるようになりました。サイコダイバー・シリーズなんかは精神世界の話ですよね。筒井先生の『パプリカ』も好きなので、自分もいつか精神世界を舞台にしたものを書きたいと思って、そこからユングやフロイト、アドラーをすごく読んでいた時期があります。
それと、やっぱり宮部みゆきさんですね。人間ドラマもミステリも、ここまで書ける人って稀有やなって。『火車』がすごく好きなんです。構成も完璧だし、あれを読んでほんと人間ドラマを書けないと駄目だって思いました。感情の起伏が書ける人というところでは重松清さんもかなり読みました。『とんび』が好きですね。お父さんと子どもの話ってやっぱりいいですね。こういう作品を書けたら作家としてずっとやっていけるんかなと思いました。
――星さんや筒井さんのようなものを書きたいとは思わなかったのですか。
浜口:凄すぎるんですよね。彼らは宮本武蔵のイメージです。剛剣すぎて何も参考にならない。まさに武蔵にしかできない剣です。でも司馬さんや吉川さんは、読んでいると参考になるポイントがあるんです。そっちをちゃんと身に着けようと思いました。それと、漫才の台本を書いている時につくづく思ったんですが、シュールとか尖ったものは大多数の人には受け付けてもらえないんです。でも、昭和の名漫才師、いとし・こいしさんなんて、普通のことを喋っているだけなのにめっちゃ面白いんですよ。ボケなのか本当に言い間違えたのか分からないのにすごく面白い(笑)。そういうのも見ていて、ベタで先の展開が読めたとしても、それを面白く読ませるのが長く生き残れる人だ、って思うようになりました。そのために、一歩ずつ実力をつけていこうと考えるようになりました。
――その頃、もう小説を書いていたんですか。
浜口:いや、まったく書いていないです。普通やったらそのまま小説家になれないパターンですよね(笑)。
他に、放送作家をやっていた頃にハマったのは田中芳樹先生の『銀河英雄伝説』です。SFと歴史ものを融合させてこんなことができるんだと思って。ラインハルトも好きですが、僕はヤン・ウェンリーが大好きで。小説のキャラクターの中でいちばん格好いい。普段は昼行燈で、いざとなると実力発揮してっていう。
あのシリーズはSFとしても歴史ものとしても、ドラマのある群像劇としても面白いし、戦術的なゲームとしても面白くて。当時、少年漫画では強者インフレが起きていたんですよね。主人公が強い敵を倒したら、さらに強い敵が現れる。この先どこまでいくんだっていう。それで超能力バトルとか、ゲームとしての面白さが書かれるようになっていった。そうしたことは小説では難しいかなと思っていたけれど、「銀英伝」ではそこも面白い。すごいですよね。
田中さんには一回お会いしたことがあるんです。ヤン・ウェンリーのことばかり言っていたので「こいつ、ヤンのことしか訊いてこないな」と思われたんじゃないかな(笑)。 田中芳樹さんと筒井康隆さんというレジェンド2人に会えたので、満足でした。
――筒井さんとはお仕事されたのですか。
浜口:「ビーバップ!ハイヒール」という番組で、筒井さんがレギュラー出演者やったんです。あの番組で星新一企画ができた時は嬉しかったですね。5年間くらい、年1回ほどの間隔で企画を出し続けて、5年目くらいでやっと通った。星新一さんは未来を予測していたという切り口で、ゲストに新井素子先生を招いて、筒井さんと新井さんで、星さんがいかにすごいかを語ってもらったんです。あれは放送作家時代のいちばんの思い出です。
楳図かずおさんにもゲストできていただきました。打ち合わせの時、あの赤と白のシャツを着てらしたんですが、「暑いから1枚脱いでもいいですか」って1枚脱いだら、下にまったく同じ赤と白のシャツを着ていて。あれは笑いました。