第232回:浜口倫太郎さん

作家の読書道 第232回:浜口倫太郎さん

2010年にピン芸人を主人公にした『アゲイン』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞、翌年書籍化してデビューした浜口倫太郎さんは、元放送作家。関西の数々の番組に携わっていたけれど、小学生の頃から目指していたのは小説家。でも、デビューするのは30歳を過ぎてからと思っていたという。その理由は? それまでにどんな作品に触れ、どんなエッセンスを吸収してきたのか。好きな作家や作品、映画などについて、たっぷりおうかがいしました。

その6「最近の読書、新作、今後」 (6/6)

  • 22年目の告白-私が殺人犯です- (講談社文庫)
  • 『22年目の告白-私が殺人犯です- (講談社文庫)』
    浜口 倫太郎
    講談社
    726円(税込)
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――デビュー後、読書生活に変化はありましたか。

浜口:普段読まなかったものを読むようになりました。それまでは、この作家が面白いと思ったらその人の作品を遡って読んでいたけれど、プロになってからは売れてるものや流行っているものをなるべく読むようにしました。それで読んだ江國香織さんの『流しのしたの骨』がすごく好きでした。家族の日常の話なのに、キャラクターが個性的で、起伏のない物語なのにすごく読ませる。江國さんってへんな人を書くのがうまいですよね。『間宮兄弟』とか。

――映画は相変わらずお好きですか。

浜口:好きですね。「ペーパー・ムーン」がすごく好きなんです。あとは「ニュー・シネマ・パラダイス」とかベタな名作とか感動作は大方見ています。

――「ペーパー・ムーン」は、詐欺師の男と少女が旅をする話ですよね。

浜口:そう、大人と子どもの話がすごく好きなんです。それで僕も『お父さんはユーチューバー』という、父親と娘の話を書きました。
 それと、最近見たテレビアニメの「オッドタクシー」がすごかった。お笑い要素があってミステリー要素があって。アニメでこんな脚本が書けるんだって、びっくりしました。

――『22年目の告白 ―私が殺人犯です―』や、『AI崩壊』は映画のノベライズですよね。あれらはどのような経緯で書くことになったのでしょうか。

浜口:映画「22年目の告白」は韓国映画のリメイクですが、プロデューサーからノベライズを頼まれて「自由にやってくれ」と言われたんです。それで、映画では端役だった編集者の視点で書きました。「AI崩壊」も同じプロデューサーで、それも「自由に書いてくれ」と言われたので、これも端役の雑誌記者をメインにしたりいろんなエピソードを加えたりと面白く書かせてもらいました。
 映像的な見せ方と小説的な見せ方の違いってありますけれど、僕はどちらのことも分かっているのでノベライズは得意なんです。ノベライズってそんなに売れると聞かないけれど結構売れたので、映像的な小説が書けるというのは自分の長所なんだと思います。

――デビュー10年、新作の『ワラグル』は漫才コンビの話です。区切のタイミングで、また芸人さんの話を書こうと思ったのですか。

浜口:ここで一回集大成的なものを出そう、と思って書きました。『アゲイン』の時はまだ漫才師の話が書けなかったんです。漫才師の話を小説として表現するには視点を交互に切り替える手法がベストだとは思っていたんですが、まだそれを実現できる技術が身についていなかった。それで、あの時はピン芸人の話にしました。漫才師の話を書くまでに、10年かけました。

――賞レースに賭ける二組の漫才コンビが、伝説的な放送作家からそれぞれ正反対のアドバイスをもらって切磋琢磨していきますね。

浜口:あれは一回やってみたかったんです。片方にはAの方法、もう一方にはBの方法を教えて闘わせるとどうなるかっていう。スポーツだとそういう教え方はなかなかないだろうけれど、漫才ならできるなと思って。

――他に、放送作家を目指す女性とその恋人の物語も進行しますね。彼女はラジオに投稿を重ねることでチャンスをつかんでいく。放送作家になるルートっていろいろですね。

浜口:あの部分は過去の自分に対する励ましというか。放送作家って、元芸人が多いんですよ。特にネタに強い作家さんはそうですね。お笑いの経験者が多くて、僕は自分にそうした経験がないことにコンプレックスがあった。それで、芸人の経験がなくても実力のある放送作家になれるってことをちょっと見せたかったんです。

――タイトルの『ワラグル』は「笑いに狂う」という意味ですが、これは造語でしょうか。それと、作中、「ニン」という言葉が出てきますね。人間性、みたいな意味合いで。

浜口:「ワラグル」は僕の造語です。濁点と「ら行」がある名前って、「ドラえもん」とか「もしドラ」みたいにヒットしたものが多いし、語感的にいいのかなという気がして。「ニン」は昔の関西芸人が使っていた言葉で近頃は使われていなかったんですが、ブラマヨさんがM-1で優勝した頃からまた復活してきた感じですね。ブラマヨさんの漫才って、あの人たちでしかできないじゃないですか。そういう時に「ニン」がある、といった使われ方をするんですよ。作家も一緒で、その人しか書けないものを書ける人が強い。「ニン」の必要性は、クリエイティブ全般に通じていると思います。

――長年お笑いに関わってきて、変化は感じますか。

浜口:変わってきたと思います。ここ20年でいうと、以前はネタをやるのってテレビで売れるための最初のステップだととらえている芸人が多かったけれど、今は一生やっていこうという人がいっぱいいる。舞台を大切にする芸人さんが増えてきましたね。今はテレビがぐらつきはじめて、かといってYouTubeもどうなるか分からないから、やっぱり板の上に立つことが基礎体力になっているんです。原点に戻るというか。それで、今のM-1ブームがある。10年前だったら『ワラグル』のような小説は書けなかったかもしれません。

――集大成を書いた今、今後の階段についてはどう考えていますか。

浜口:今後はシリーズものや、キャラクターものなど、今まで書いてこなかったものをやろうと思っています。10月に講談社タイガから『ゲーム部はじめました』というeスポーツの青春小説を出します。これはキャラクターもうまく書けたし、シリーズ化していきたいんですよね。それと、11月に双葉社からベンチャーキャピタルを題材にした青春ものを出す予定です。あとギャングものや、スラップスティックのギャグ小説やミステリーのシリーズもの、時代小説とかもやりたいです。書きたいものが多すぎて、なかなか追いつきません。

(了)