
作家の読書道 第232回:浜口倫太郎さん
2010年にピン芸人を主人公にした『アゲイン』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞、翌年書籍化してデビューした浜口倫太郎さんは、元放送作家。関西の数々の番組に携わっていたけれど、小学生の頃から目指していたのは小説家。でも、デビューするのは30歳を過ぎてからと思っていたという。その理由は? それまでにどんな作品に触れ、どんなエッセンスを吸収してきたのか。好きな作家や作品、映画などについて、たっぷりおうかがいしました。
その3「漫才作家になる」 (3/6)
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- 『14歳(フォーティーン)(1) (ビッグコミックス)』
- 楳図かずお
- 小学館
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- 『ネ暗トピア(1) (バンブーコミックス 4コマセレクション)』
- いがらしみきお
- 竹書房
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――高校を卒業した後はどうされたのでしょうか。
浜口:小説を書くのは30代になってからだから、20代は何をしようかと思って。お笑いが好きだから放送作家になる道を探ったりもしたんですが、ゲームデザイナーがいいなと思って、コンピュータの専門学校に行きました。moonのようにゲームでお笑いができたらいいなと。SF小説を読み続けていたので、これからの時代テレビは古くなると思ったんですよね。だから放送作家ではなく、ゲームでお笑いをやろうと思ったんです。この路線は新しいなって。でもプログラミングが分からなくてすぐに断念して、放送作家になるためにカルチャースクールに行きました。
ちょうどその頃、フランク・キャプラの映画「素晴らしき哉、人生!」を観たんです。それまではひねくれたもの、尖ったものが好きで映画も「イレイザーヘッド」や「エレファント・マン」とかが好きだったんですけれど、「素晴らしき哉、人生!」って洋画のベストテンなんかの必ず1位にあがるじゃないですか。それで一回くらい観なあかんと思って、観たらめっちゃ感動して。世阿弥の言う真実の花を咲かせるためには、こういうちゃんとした人間ドラマが書けないと駄目だなと痛感しました。それで、キャプラの映画をずっと観ていたら、彼の経歴に「ギャグマン出身」ってあったんです。喜劇作家だったんですね。あと放送作家は年を取ってからできるものじゃないし、芸人さんと一緒に仕事をするのはゲームでは無理だなと。それで、やっぱり自分も放送作家になろうと思いました。
――その頃はどんな読書生活を?
浜口:19歳の頃、ネットカフェでバイトしてたんです。漫画を読むために(笑)。自分で揃えるのはお金がかかるから、店に勝手に仕入れて、むちゃくちゃ読書量が増えていました。ネットカフェでのバイト経験は大きかったですね。今の下敷きになっています。
――どんな漫画を読んだのですか。
浜口:少女漫画系もいっぱい読んだし、楳図かずお先生の漫画を読んでびっくりしましたね。『わたしは真悟』とか『14歳』とか。楳図作品って最初はちょっと面白くて、途中からホラーになる。ホラーとギャグも近いものなんだなって発見しました。確かにアメリカのB級ホラー映画って、昔はちょっとギャグに近かったんですよね。スラップティックに近かった。ああ、ギャグ漫画では、いがらしみきおさんの『ネ暗トピア』がすごく好きで。
――『ぼのぼの』の作者の方ですよね。
浜口:それよりずいぶん前の作品で、もっとブラックだったりエロかったりするんですよ。『ぼのぼの』が出た時に「こういうのも書くんや」って思いました。そこから四コマギャグ漫画を読み始めて、吉田戦車さんの『伝染るんです』なんかも読みました。ながいけんさんの『神聖モテモテ王国』も好きでしたね。へんな宇宙人と男子学生がいて、とにかくモテないというだけの話なんです。でも、ギャグのセンスが秀逸なんです。「三国志」のパロディが入っていたりして、ネームのセンスがキレキレすぎて。小説にしても絶対に面白いだろうと思う面白さ。あれもすごく影響を受けています。
――カルチャースクールではどんなことを学ぶのですか。
浜口:授業は意味はないと思っていました。放送作家の先生が飲みに行くのについていってました。中島らもさんが何かのエッセイで、無職だった時にコピーライターになりたくて養成学校に行って、どうしたかというと、先生に気に入られようとしたみたいなことを書いていて。だから僕も、先生がトイレに行ったら一緒に行って、「昨日先生のやってる番組見ました、めっちゃ面白かったです」って、とにかくしゃべりかけたんです。そうしたら「浜口、ちょっと飲みにいくか?」となる。人間不信やったくせに、そういうことはできたんです。
その頃ちょうどM-1が始まって、吉本のお偉いさんがきて、新しい漫才作家がほしいと言っていて。それで漫才を書いて気に入られて、放送作家になりました。それが21歳くらい。
――漫才って、本人ではなく作家がネタを作っていることが多いんですか。
浜口:いや、それは昔の文化です。昔は秋田實先生のようなすごい漫才作家がいて、そういった作家が漫才文化が作られていったんですが、今の若手芸人で作家が書いたものをまるまるやる奴はいないです。音楽で、昔は作詞家作曲家が作っていたけれど、今はシンガーソングライターが多くなったのと同じ流れが漫才にもあるんです。
僕が最初に書いたのは、大木こだま・ひびきさんの漫才でした。「チッチキチー」の人ですね。吉本の人に「誰が好きや」と訊かれて「こだま・ひびきさんです」と言ったんです。あの人たちはずっと同じパターンの漫才をやっているけれど、「じゃあ違うパターンのものを書いてみろ」と言われて、苦労して書いてオフィスに持っていったんです。そしたらオフィスから劇場に下りて楽屋の扉をコンコンってやって、中にこだま・ひびきさんがいて。「若い子が書いてきたので読んでください」って。お二人が「読むわー」って言って喫茶店に行って読んでくれたのは本当に感動しました。でも、読み終えてパタンと閉じて、「これはシンクタンクにやるわ」って。俺たちのネタじゃないって、全否定なんです。それまでとは違うパターンのものをと言われたから書いたのに、吉本のお偉いさんも「そうですよね~」って言っていて、むかつきました(笑)。大人ってそういうものなんだなと学びました。まあその台本のデキが悪かったのもあったんですけどね。