
作家の読書道 第235回:新川帆立さん
宝島社が主催する第19回『このミステリーがすごい!』大賞を『元彼の遺言状』で受賞、今年のはじめに刊行して一気に話題を集めた新川帆立さん。小中学生時代はファンタジーやSFを読み、高校時代に文豪の名作を読んで作家を志した彼女が、ミステリの賞に応募するに至る経緯と、その間に読んできた作品とは。冒険に憧れた少女が作家としての船出を迎えるまでのストーリーをぜひ。
その3「自分も書きたいと思わせた名作」 (3/6)
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- 『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』
- カート ヴォネガット ジュニア,浅倉 久志
- 早川書房
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――高校は茨城の学校に進学されたんですね。
新川:東京の学校に行きたかったし受かってはいたんですけれど、ちょうど父が茨城への赴任が決まって、父と一緒に住むことになったんです。そこから東京の学校に行くとなると往復3時間半くらいかかるんですよ。それはさすがにきついので、最終的には茨城県の高校に行くことになりました。
――学校生活はいかがでしたか。
新川:高校時代がいちばん楽しかったです。青春っぽいことは全部した気がします。みんなで文化祭の準備をしたり、男女のグループでディズニーランドに行ったり、花火大会に行ったり、部活の合宿で夜は花火をしたり......。めっちゃ楽しかったです。
――部活は囲碁部だったそうですね。
新川:中学時代は帰宅部で勉強ばかりしていましたが、高校に進学して、もう勉強はいいやって、気が抜けたんです。なので勉強以外のことをやってみたくなったんですが、運動もできないし入る部活がほとんどない状況で。囲碁か将棋ならできるかもと思って見学に行ったら囲碁部の先輩が優しかったので、そこに入部しました。
囲碁は独特な感性が必要で、そこが面白かったです。でも、最終的には自分には向いていないと思いました。コツコツと緻密に研究しないと勝てないんですが、私はそこらへんが大雑把なので限界を感じました。一応全国大会にいけるくらいには上達したんですけれど。
――高校時代の読書といいますと。
新川:プチSFブームがきました。本当にプチなんです。もともとファンタジーが好きでしたが、成長するにつれて魔法の世界にナチュラルに入っていけなくなってきて、そこでやってきたのがSFだったんですね。SFってスノッブな魅力があるし、異世界ながらも現実感があって、そこにハマりました。最初はたまたまカート・ヴォネガット・ジュニアを読んだんです。高校1年生の時に『タイタンの妖女』で読書感想文を書いたし、すごく好きなのは『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』。その後に伊藤計劃さんの『虐殺器官』や『ハーモニー』に衝撃を受け、星新一さんのショートショートや筒井康隆さんの本もその時出ていたものはほぼ読みました。
――筒井康隆さんは作風も幅広いですが、どのあたりが好きなんですか。
新川:断然短篇派です。ふざけたものが多くて楽しいんですよね。最初は別の短篇集で読んだと思うんですけれど、ブラックユーモアを集めた『笑うな』とか『最後の喫煙者』とかに収められている短篇が好きです。あと、『富豪刑事』には影響を受けている気がします。ミステリの型を踏まずに全部お金の力で全部解決しちゃうという、どこか茶化している感じがおかしかったですね。
円城塔さんもハマった時期がありました。それはひとえに中二病というか。書かれていることの5%も理解できていなかったと思うんですが、でもすごく好きだったんです。『後藤さんのこと』とか。
――ああ、文字が何種類か違う色で印刷されていたりするんですよね。
新川:そうですそうです。それと、倉の中でひたすら箱をひっくり返す話が入っているのが好きで...『Self‐Reference ENGINE』ですね。なんか、訳が分からなくても、読むと妙に癒されるところがありました。
――プチSFブームの後は。
新川:もう高校生になったし、日本の文豪を読んでおかないと恥ずかしいんじゃないかと思い始め、芥川龍之介、三島由紀夫、谷崎潤一郎などを順番に読んでいきました。でもあまり、自分に受け止める感性がなかったというか。
ただ、芥川龍之介の文章はすごく好きだったんです。その芥川を尊敬しているということで太宰治を読んだら、めっちゃ面白くて。全部読んだし家に全集もあります。自分を見ているもう一人の自分がいるところが自分に似ていると感じたというか。『人間失格』も好きですけれど、短篇の切れ味のよさがいいなと思っています。
その後、夏目漱石を読んでいくなかで、高1の時に『吾輩は猫である』にたどり着いたんです。そこではじめて、「私もこういうのが書きたい、作家になりたい」って思いました。太宰を読んでも「こういうのが書きたい」って思わなかったんですよね。でも『吾輩は猫である』を読んで、これを書いている間夏目漱石はすごく楽しかったんだろうなって感じたんです。本当は夏目漱石でいちばん好きなのは『坊っちゃん』なんですけれど、「作家になりたい」と思ったターニングポイントになった本は『吾輩は猫である』です。
――でもそこですぐ書き始めたわけではないんですよね。
新川:書かなかったですね。『吾輩は猫である』のようなものを書きたいと思ってもどうやったら書けるか分からなくて途方にくれました。それで、「いつか書こう」と思ってそのまま普通の読書生活に戻りました。
――新川さんがいちばん好きなのは『坊っちゃん』だというのも分かる気がします。
新川:動きがあるし、笑えるのがいいんですよね。教科書に載っていた『こころ』は先生がいつまでもぐじぐじ悩んでいるな、と思ってハマりませんでした。美しい文章で読ませるものよりも、ドラマチックな展開があるものや笑えるもの、幻想的な味付けがあるもののほうが好きなんだと思います。志賀直哉も読んで上手いな、すごいなとは思いましたがハマらなかったですし。芥川もいちばん好きなのは「鼻」なんです。笑えるから。「羅生門」よりも「鼻」のほうを教科書に載せればいいのにって思います。
そのあとは夏目漱石の流れから、内田百閒の幻想小説っぽいものを読み、漱石が英米文学の人だから自分も好きかもと思ってサリンジャーを読み、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を読み。カポーティの『ティファニーで朝食を』はそんなにハマらなかったけれど『冷血』はすごく面白く読みました。
――サリンジャーは『ライ麦畑でつかまえて』とかですか。10代で読んでどんな感想を抱いたのかな、と。
新川:あれは高校生なりに「青すぎる」と感じました。いや、分かるんですよ。分かるんですけれど、「もうちょっと大人になれよ」と思ってしまって。サリンジャーは『ナイン・ストーリーズ』がすごく好きです。一見幸せそうに見えるけれど乾いた虚無感があるのがよくて。それでいうとサガンの『悲しみよこんにちは』も、はかなくて空虚なところがよかったです。『グレート・ギャツビー』もそういうところがありますよね。