第235回:新川帆立さん

作家の読書道 第235回:新川帆立さん

宝島社が主催する第19回『このミステリーがすごい!』大賞を『元彼の遺言状』で受賞、今年のはじめに刊行して一気に話題を集めた新川帆立さん。小中学生時代はファンタジーやSFを読み、高校時代に文豪の名作を読んで作家を志した彼女が、ミステリの賞に応募するに至る経緯と、その間に読んできた作品とは。冒険に憧れた少女が作家としての船出を迎えるまでのストーリーをぜひ。

その6「デビュー後の読書&生活」 (6/6)

  • 【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】元彼の遺言状 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】元彼の遺言状 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
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――予想外に早いデビューとなったうえ、『元彼の遺言状』は大変な評判になりましたよね。そもそもミステリ作家を志望していたわけではないようですが...。

新川:結果的にいちばんいいデビューになったと思っています。アマチュアで書いているよりも戦場に出たほうが、しんどいことも多いけれど上手くなるかなと思って。宝島社さんもうまく宣伝してくださって多くの方に気づいてもらえたので、『このミステリーがすごい!』大賞でデビューしてよかったと思っています。
 今後の方向性については正直悩んでいますが、もちろんミステリは好きだし、ロジカルな部分が自分には向いているなとも感じています。いずれにせよ、作者の経歴とかではなく、作品の内容に着目してもらいたい気持ちがあります。まだまだ筆力が追いついていないので、ちゃんと中身を見てもらえるように、しっかり、いいものを書いていきたい。
 私はメジャーどころばかり読んできたので感覚が一般に近いというか。そのおかげであまり本を読んでいない人にも届きやすいのかもしれませんが、他方で、読書好きの人にご満足いただけるような作品も書きたいんです。宮部みゆきさんって両立されているじゃないですか。宮部さんは神なので目標にするとは言いませんが、自分もその道を進むべきだと思っています。読書好きの方たちに認めてもらえる内容を書くためには、自分が同じ目線に立てないといけないし、そのためにもたくさん読まなきゃと思っています。でもその方たちもどんどん読んでいるわけだから、永遠に追いつかないんですけれど。

――では最近の読書といいますと。

新川:主にミステリを読んでいます。もう本当に今さらなんですが、綾辻行人さんの「館」シリーズを順番に読んで、もうめちゃくちゃ面白くて。綾辻さんの本に出てくるのでクイーンなどの海外ミステリも読み進めています。
 横溝正史はもうだいたい読みました。それと、自分で書くようになってから読んで面白かったのは松本清張。こちらも今さらなんですが、本当に好きです。社会派と言われているけれど、私は社会より人間を書こうとしていると感じます。本格ミステリと対比して社会派と言われるのかもしれませんが、私は人間の業とか怖さとか欲望にフォーカスしているところがすごく面白いと思うし、こういうものが書きたいと思いました。

――いちばん好きなのはどの作品ですか。

新川:『黒革の手帖』です。それと、『霧の旗』という、兄が殺人容疑で死刑になりそうになって、無実を信じる妹が弁護士を訪ねる話があって。すごく面白いんですが、読み終わるとモヤモヤするんですよ。このモヤモヤはなんだろうと思って新潮文庫の文庫解説を読むと、これは社会ではなく個人の問題なんだということが書かれてあって、「ああ、確かにそう読めるな」と思うし、「そう読むと傑作だな」と分かるんです。文庫解説ってこういうもののためにあるんだなと思いました。
 短篇集の『黒い画集』も好きです。怖い世界と隣り合わせの日常を書いているんですが、接点の作り方が上手いんですよね。正直、最初に松本清張さんを読んだ時、宮部さんのほうが上手いなと思ったんです。後に生まれた世代って、そういうことってありますよね。でも読み進めていくうちに、松本清張は本当にすごいし、本当に面白いと思ってリスペクトするに至りました。もしも『このミス』で受賞できていなかったら、その後はずっと松本清張賞に送り続けていたと思います。
 それと、最近では、文庫解説のお仕事の依頼があったので小泉喜美子さんの作品を3週間で20冊くらい集中して読んだんですが、すごく上手くて。

――『弁護側の証人』とか?

新川:それもめちゃめちゃ面白かったんですが、私は短篇も好きですね。『痛みかたみ妬み』とか『殺さずにはいられない』とか、もうすごい技巧派なんです。エッセイも何冊も出されていて、それも面白いんです。ミステリ論も語っているんですが、それ以外の話も格好よくて、ロールモデルを見つけた感があります。
 小泉さんはご本人のキャラクターが面白いからそればかりに着目されて、なにかと「私生活が作品に滲み出ている」とか「女流作家の私生活の暴露」みたいな文脈で語られていたようなんです。私は「そうじゃなくてこの人の技巧を見てよ!」と思うんですが、ご本人もエッセイのなかで、作品と私生活の関連を繰り返し否定している。ミステリというのは構築物であり、作家の創造物なんだ、って。過去に闘ってきた先輩の背中だなと思って、勇気づけられています。
 私が文庫巻末解説を書いたのは、小泉さんの遺稿となった『死だけが私の贈り物』という長篇です。徳間文庫の「トクマの特選!」シリーズの1冊です。

――最近、ミステリ以外に面白かったものはありますか。

新川:ナオミ・オルダーマンの『パワー』がすごくよかったです。女性が男性を支配するようになった社会の話で、衝撃を受けました。

――そういえば、『元彼の遺言状』にはポトラッチ、第二作の『倒産続きの彼女』には醜いアヒルの子の定理が出てきますよね。ああした理論はどこで学んでこられたのかなあと。

新川:私は、ほっとくと新書やノンフィクション系の専門書を読んでしまうんです。デビュー後は小説を優先的に読んでいますが、デビュー前は週に5冊は新書やノンフィクションを読んでいました。沢山読むし、書店に置いていないような古い本が面白いので、図書館で借りることが多いです。ジャンルはあえてバラバラで、理系も文系も読みます。
 小説の中にああした理論を入れたのは、何かしら面白い話を入れたかったし、スラスラ読めてワクワクドキドキして楽しかった、というだけだと満足してもらえない気がしたんです。それで、翌日から世の中の見方が変わるような要素を入れようと考えました。作品世界と日常生活を繋ぎとめるチップスのようなものです。

――新書やノンフィクションで、なにかお薦めのものはありますか。

新川:最近で面白かったのがネイティブアメリカンの精神性を書いている『アメリカ先住民の精神世界』、山一証券の破綻を追った『しんがり 山一証券最後の12人』、アフリカで野生動物の生死を見つめる『ライオンはとてつもなく不味い』、中世ヨーロッパの不思議な裁判形態を解説する『動物裁判』、サイコパスの研究をしていたら自分がサイコパスだと気づいてしまい、自分を冷静に診断して見つめ直す『サイコパス・インサイド』、などなど、お勧めしたい本は本当に沢山あります。ちょっと前のものだと『豊かさの精神病理』という本が面白かったです。1990年に発売された本で、バブル期で浮かれた若者がどうして過剰に消費行動に走るのかが描かれているのですが、読んでいくと現代のミニマリズムに通底する精神性だということが分かります。

――それにしても、『元彼の遺言状』がはやくも文庫化されたうえ、第2作『倒産続きの彼女』を刊行。他にもさまざまな媒体で書かれていて、お忙しそうですね。

新川:お気楽にいろんなお仕事を引き受けたので重なってしまって。来年はもっと1作1作に集中できる環境にしようと思っているんですけれど、でも、裾野は広げていきたいんです。作品ごとにできることや鍛えられるスキルが違うので、いろんなお仕事を受けて総合的に上手くなっていきたい。

――今、執筆業に集中するために弁護士業は休業していて、アメリカのシカゴにお住まいだそうですね。海外での読書生活はいかがでしょう。

新川:夫が仕事の都合でアメリカに行くことになったのでついてきました。本はKindleや紀伊國屋シカゴ店で入手しているし資料もPDFで入手できたりするんですが、やっぱり小説系を読みたい時に不便です。古本でしか手に入らない昔の推理小説は電子書籍になっていないものが多いので。帰国した際にたくさん買って、持って帰るためにスーツケースを1個買い足したりしました。

――シカゴの暮らしはいかがですか。

新川:引き籠っています(笑)。朝イチはやる気がでないのでゴロゴロしながら本を読んで、お昼ご飯を食べてから「そろそろやばい」となって夕方まで書いて、夕食の後は、今日の分が終わっていなかったら10時くらいからまた書き始めます。こちらだと他にすることがなくて執筆に集中できます。

――第2作の『倒産続きの彼女』は、『元彼の遺言状』の続篇だから麗子さんが主人公かと思っていたら、主人公が違うのでびっくりしました。麗子さんと同じ事務所に勤務する、後輩の玉子さんの話なんですね。彼女が麗子と組んで、振り回されながら難題に立ち向かう。

新川:私自身、シリーズものって第2弾が出ても読むのを後回しにするタイプなんです。1作目が面白くても、2作目も同じ主人公だとなんとなく展開が読めてしまうから。それで思ったのが、『ゲド戦記』や『十二国記』のような、同じ世界が舞台だけれども主人公が替わっていくタイプのシリーズでした。そういう作品は、私も全部読んできたんです。
 それと、『元彼の遺言状』を出した時、主人公のモデルが私だと思われたんですね。女性弁護士といってもいろんな人がいるのになと思って、それで、あえて違う性格の女性弁護士を主人公にしました。

――玉子は婚活を頑張る、いわゆるブリッコタイプですよね。

新川:前に軽い気持ちで大森望さんに「麗子とタッグを組ませる女の子はどんなキャラクターがいいと思いますか」と訊いたら「ブリッコがいいんじゃない」って。正直、「えー、ブリッコですか...」という気持ちでした。でもその数日後に、宝島社の局長からも「人に頼る感じの子を出したらどう?」って言われたんです。一人に言われてもすぐ従ったりはしませんが、同じことを二人に言われたそれは何か正しいところがあるんだろうと思って。でも、人にうまく頼ることでハッピーになる子にはしたくなかったんです。それよりも、女の子だって人に頼らずに一人で生きていっていいんだよ、って言いたい気持ちがある。ブリッコと言われた時にモヤモヤしたのは、自分がそういうことを書きたかったからだと気づいて、それで玉子がブリッコスタートから変わっていく話になりました。
 意外と嬉しいのは、第2作のほうが好きって言ってくれる人が多いことと、それと、久しぶりに1作目を読んで下手だと思って文庫化の際に書き直したことです。下手だなって思えたということは、この短期間のうちに成長しているのかな、って。「ジャンプ」の連載漫画で絵がどんどんうまくなっていくことってありますよね。そういう感じだといいなって(笑)。

――今連載中のものや、今後のお仕事の予定を教えてください。

新川:角川春樹事務所の雑誌「ランティエ」で『先祖探偵』という女探偵ものを毎月連載しています。「小説すばる」では2、3か月に一度、架空の法律がある世界を舞台にした短篇を書いています。それと、「小説現代」12月号から「競争の番人」という連載が始まります。これは公正取引委員会の話で、半沢直樹の女版みたいな感じです。もう書き上げて初校はできていて、今改稿しているところです。あとは、『元彼の遺言状』のシリーズ3作目も書ないといけなくて...。
 連載や書き下ろしを同時にやっていると、いつ何を書けばいいのか分からなくなってパニクってしまうので、もっと仕事の整理をつけられるようになりたいです。でもここが頑張りどころなので、やれるところまでやろうと思っています。

(了)

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