第235回:新川帆立さん

作家の読書道 第235回:新川帆立さん

宝島社が主催する第19回『このミステリーがすごい!』大賞を『元彼の遺言状』で受賞、今年のはじめに刊行して一気に話題を集めた新川帆立さん。小中学生時代はファンタジーやSFを読み、高校時代に文豪の名作を読んで作家を志した彼女が、ミステリの賞に応募するに至る経緯と、その間に読んできた作品とは。冒険に憧れた少女が作家としての船出を迎えるまでのストーリーをぜひ。

その5「山村教室と新人賞応募」 (5/6)

  • 【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】元彼の遺言状 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】元彼の遺言状 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    新川 帆立
    宝島社
    750円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 風と共に去りぬ(一) (岩波文庫)
  • 『風と共に去りぬ(一) (岩波文庫)』
    マーガレット・ミッチェル,荒 このみ
    岩波書店
    924円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 風と共に去りぬ(一) (岩波文庫)
  • 『風と共に去りぬ(一) (岩波文庫)』
    マーガレット・ミッチェル,荒 このみ
    岩波書店
    924円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ティファニーで朝食を (新潮文庫)
  • 『ティファニーで朝食を (新潮文庫)』
    トルーマン カポーティ,Capote,Truman,春樹, 村上
    新潮社
    649円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

――そうした読書と並行して司法試験の勉強もしていたわけですよね。

新川:そうですね。試験に受かって弁護士事務所に就職した後は、忙しくて体力も気力も残らなくて、ほとんど本が読めなくなりました。事務所時代がいちばん本を読めなかったと思います。

――あまりのハードワークで倒れたのだとか。

新川:そうなんです。先に身体にガタがきました。右耳が突発性難聴になって、めまいもひどくて血尿が出るようになって。小説を書くどころか本も読めなくなって、自分がスカスカで充実感もなかったです。それで仕事を休んだ時に、将来を考え、やっと小説を書かなきゃと思い、そこから転職活動をして一般企業に就職し、またエンタメや一般文芸を読むようになりました。

――それまで小説を書いていないわけですよね。それでも小説家になりたいと思い続けることができたのはどうしてだったのでしょう。

新川:いろんな理由があるんです。ひとつは、小さい頃からずっと何か作ることが好きで、そのなかで小説がずっとそばにあったからだと思います。書く前から、読むのも好きだけれど書くほうが好きだろうなと分かっていて、それは実際に書くようになってからも思っています。
 それと、自分は他の仕事ができないとも思っていて。学校にいた頃から集団の中で横の人と歩調を合わせながら上の人の言うことを聞く役割はできないと分かっていたし、社会人になってからもそう感じていたということも大きいです。

――弁護士事務所に勤務していた頃から、山村正夫記念小説講座、通称「山村教室」に通っていたそうですね。OGに宮部みゆきさんがいらっしゃる講座ですね。

新川:最初の1年くらいは仕事が忙しくてぜんぜん行けなかったんです。転職して時間ができてからコミットするようになりました。入会する時に短篇を出さなくてはいけなくて、その時はホラー風のSF小説を書き、入会した後はファンタジー小説っぽいものを書いていました。読書遍歴からも分かるように、私、ファンタジー作家になりたかったんですよ。でも書いたものを元編集者の方に講評していただいた時、「SFとファンタジーは一旦やめて、身近な話をちゃんと書けるようになりなさい」と言われて。架空の世界を作るにしても、ちょっとずつ順を追っていかないと、いろんなものを器用に書けるだけで深く書くことができなくなると言われました。それで、自分と同じ性別で、自分と同じように働いている女性の話にしようと思って書いたのがデビュー作となった『元彼の遺言状』でした。自分としてはそこから作風を広げていくつもりだったんですが、いきなりデビュー作となったので、正直、今後どうしていこうかと思っています。

――『このミステリーがすごい!』大賞に応募したのは『元彼の遺言状』が2回目でしたよね。1回目に応募したのはどんな小説だったんですか。

新川:それがはじめて書いた長篇でした。動物たちが人間を滅ぼそうとする話です。人間があまりにも好き勝手して環境破壊するから、動物たちが神様にお願いして、各種類の動物たちと話せる代表人間を作ってもらうんです。その人間を通じて自然保護をやってもらおうと頑張るんですがうまくいかなかったので、動物たちは人間を滅ぼそうとする。その時に、人間と共存共栄してきた生き物たちが「それは困る」といって立ち上がる。それが、犬と猫とゴキブリなんです。このゴキブリの代表人間となった女子高生の話です。
 その子の唯一の特技がゴキブリと話せることで、ゴキブリもその子の言うことを聞くんですよ。ファンタジーを大量に読んできたので主人公に特殊能力は必要だと思ったんですが、羨ましくなる能力のことが多いので、あえて「これは要らないな」という能力にしました。主人公もゴキブリは嫌いだけれど、ゴキブリはその女の子のことが好きで、彼女がピンチに陥ると仲間をたくさん呼んで助けてくれるんです。その子の友人が猫の代表人間で、主人公はいつも猫に囲まれている友人が羨ましくて、劣等感を持っているという。大人向けの小説というより、童話とか絵本に近い仕上がりだったんですけれど。

――面白そうだし読んでみたいけれど、読んでいる間ずっとゴキを思い浮かべていなきゃいけないのか...。

新川:相棒のゴキが死ぬ場面とか、泣けますよ! 身を挺して主人公を守って死んでいくんです。そこらへんはたぶん、筒井康隆さんの影響がありますよね。ちょっとシニカルな設定で、SFなのかファンタジーなのか微妙な感じが。でもプロデビューして思ったのは、そういう話を書くにはやっぱり筆力が必要だということです。もうちょっとうまくなったらまた書きたいです。

――それをなぜ『このミス』に応募しようと思ったのですか。

新川:わけもわからず書いたはじめての長篇で、どこに応募したらいいのか分からなくて。日本ファンタジーノベル大賞もありますが、ちょっと毛色が違う気がしました。
 山村教室のOBに『このミス』出身の七尾与史さんがいるんです。七尾さんが宝島社で『全裸刑事(デカ)チャーリー』を書かれているんですよ。「全裸刑事」が大丈夫ならこれもいけるんじゃないかと思いました(笑)。
 もちろん落選したわけですが、自分ではじめて書いた長篇で、自信作だったんです。なんで落ちたんだろう、そもそもミステリじゃないからかな、じゃあミステリを書いて応募しよう、と考えて翌年にまた応募したのが『元彼の遺言状』でした。

――その経緯でいきなり『元彼の遺言状』を書けたのがすごいと思うのですが、その1年間でミステリについて研究したのですか。主人公は敏腕弁護士の剣持麗子。大企業の御曹司である元彼が「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という遺言を残して亡くなり、麗子は知人から依頼されて犯人を仕立て上げようとする、というところから謎が転がるという内容なわけですが。

新川:過去の受賞作を読んで研究しました。本格ミステリを書くのは難しいけど、本格じゃなくても魅力的な謎を用意してちゃんとそれが解ける、という構造を持っていればミステリになるならそれを書こうと思いました。ただ、ミステリ歴が浅いので、オーソドックスに攻めても勝てない。普通のミステリとは違う設定を作らないといけないなと思いました。それで、普通は犯人を捕まえるために謎解きをするけれど、犯人になるために謎を解くというスタート地点にしたんです。今思ったんですけれど、お金のために犯人になろうとしたり、犯人選考会でもちゃんと推理しないで利権によって犯人を決めようとしたりするところって、『富豪刑事』の、既存のミステリをちょっと茶化す感じに影響を受けているかもしれません。

――剣持麗子は非常に勝気で我儘で、お金が大好きというキャラクター。『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラのイメージがあったそうですね。

新川:海外文学に出てくる女性って好きな人が多いんです。スカーレットもそうだし、『赤と黒』のマチルドや『ティファニーで朝食を』のホリーとか。海外小説の女性のほうが奔放で我儘で、それが魅力的なんですよね。日本の女性キャラクターは優等生的な人が多い。読者が共感しやすいようにそうしているんでしょうけれど、私は優等生ではない強いキャラクターにしたかったです。でも、ステレオタイプのイメージを崩したいというよりは、単に、現実の女の人ってこんな感じだよね、という思いがありました。

――受賞が発表された時、作家たちがお祝いをツイートされていて、新川さんはなぜこんなに作家の知り合いが多いのかと驚きましたが、山村教室の方たちなんですね。

新川:先輩作家たちです。山村正夫先生が亡くなった後に森村誠一先生が名誉塾長になられたんですが、森村先生がものすごく面倒見がいいんです。だから、教室の人たちも下の面倒を見ようという意識が強くて、私もすごくお世話になりました。そのなかで、仲良くしていた女性6人、みんなデビューが決まったのでチームを作ろうという話になって。ケルンの会というのを作りました。
 森村先生の座右の銘に、「人生はケルンの一石である」というのがあるんです。ケルンの石は登山道に道標として置かれる石のことで、先人たちが置いていった石のおかげで後から来た人間は歩きやすくなる。だから自分はどういう石を足していくのか考えないといけない、って。文芸の世界で、自分たちも先輩の作品に助けられてここまで来たので、この先は後から来る人たちに手を差し伸べていきたいね、という想いを込めてつけた会名です。

――ぜひ、ケルンの会のメンバーを教えてください。

新川:坂井希久子さん、千葉ともこさん、成田名璃子さん、西尾潤さん、美輪和音さん、私の6人です。千葉さんは私と同じ年に『震雷の人』で松本清張賞を受賞してデビューされているので、同期みたいな気持ちでいます。でも千葉さんの作品は中国の歴史ものなので、書くものは全然違います。

――他のみなさんも、ぜんぜん出身の賞が違いますね。

新川:そうなんですよ。坂井さんはオール讀物新人賞、成田さんは電撃小説大賞、西尾潤さんは大藪春彦新人賞、美輪さんはミステリーズ!新人賞を受賞していて...。書くものも本当にばらばらです。
 森村先生がおっしゃっていたのは、作家はデビューした以上、一人一人が一国一城の主だから上も下もなく、それぞれの道を追求すべし、ということで。私たちも基本的にお互いの作品に何か言うことはないんですが、一緒にトークショーとかサイン会とか、リレー小説なんかをやりたいよね、と話しています。今、ネットでクリアジーノ短篇小説集『私は微笑んだ。』という企画をやっています(クリアジーノ短篇小説集『私は微笑んだ。』WEBサイト)。一種のリレー連載なのですが、それぞれの作家が同じ書き出しの文(「これは、昨日の私に言っても信じないだろう」)と同じ終わりの文(「私は微笑んだ」)で短編小説を書いています。ジャンルも作風もバラバラの作家たちが同じお題にどう応えるかが読みどころです。私自身は、先輩方と同じお題で書くと筆力不足が際立つのではないかと戦々恐々していましたが、皆さんから設定やあらすじを聞いたら作風が違いすぎて比較しようがない。小説家はまさに一国一城の主だなと感じました。

» その6「デビュー後の読書&生活」へ