
作家の読書道 第235回:新川帆立さん
宝島社が主催する第19回『このミステリーがすごい!』大賞を『元彼の遺言状』で受賞、今年のはじめに刊行して一気に話題を集めた新川帆立さん。小中学生時代はファンタジーやSFを読み、高校時代に文豪の名作を読んで作家を志した彼女が、ミステリの賞に応募するに至る経緯と、その間に読んできた作品とは。冒険に憧れた少女が作家としての船出を迎えるまでのストーリーをぜひ。
その4「神と崇めるあの作家」 (4/6)
――進路については、作家になることを念頭に選んでいったそうですね。
新川:作家になりたいと思った時に、一応、当時の新人賞の応募数とデビュー数を調べたんです。単純に割ってみると、志望者の中でデビューしているのは1%くらい。確率論的には年に5回、20年投稿するとデビューできるかなという感じなので、20年計画だなと考えました。その時、今の文学賞がどういうふうになっているのか知りたくて大森望さんと豊崎由美さんの『文学賞メッタ斬り』シリーズも読んだんです。まさかその後、大森さんに審査される日が来るとは思っていませんでした(笑)。
大学生のうちに作家デビューするのは難しいから、働きながら狙うために、何かしら手に職をつけようと考えました。それで最初に医学部を受けたら落ちたんですが、別の学部なら選べるということになり、それで、森鴎外ルートではなく三島由紀夫ルートにすることにして法学部に行きました。
――東京大学に進学し、ようやく東京に来たわけですね。
新川:嬉しくてたまらなかったです。「東京楽しー!」という感じでした。楽しかったものの、大学ではぜんぜん友達ができなかったんです。サークルにも入らなかったし、高校の友達とつるんでいました。その時に麻雀にハマったんです。囲碁を諦めて麻雀に主軸を移して、一生懸命やってました。
――のちにプロ雀士の資格を取得されていますよね。
新川:当時は弱かったんです。修行のように雀荘で打ち子のバイトをしました。お客さんが足りない時に代わりに入るんですが、週5で一日6時間以上入って、毎日のように打ってました。1か月すると成績が数字でバシッと出るので、強い弱いがはっきり分かるんですよ。それで毎月ちょっとずつ強くなっていきました。
――本は読んでいましたか。
新川:大学生協の海外文学のコーナーが充実していたんです。田舎の本屋にはなかった本がいい場所に並んでいて、それが嬉しくて。その時は有名どころの海外文学を読んでいきました。スタンダールの『赤と黒』に衝撃を受け、『風と共に去りぬ』に夢中になり。『若きウェルテルの悩み』や『魔の山』、『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』も読みましたが、ドイツ・ロシア系の暗くてずっと悩んでいるような話はあまりハマらなかったです。やっぱり場面が動く話が好きでした。
文芸部みたいなところにも行きましたが、課題図書が村上春樹だったんです。私も有名どころは何冊か面白く読んだんですが、どこか受け止めきれないところがあって。そんな時に友達に薦められたからだったか、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』を読んだんです。めちゃくちゃ面白かったです。今まであまり現代の一般文芸を読んでいなかったんですが、これはハマりました。次になぜか伊坂幸太郎さんにいって、伊坂作品もだいたい読みました。たぶん、田中さんも伊坂さんも文体の感じがよかったんです。若者文学というか、若くてみずみずしい文体だったので。
――伊坂さんはどの作品が好きでしたか。
新川:「陽気なギャング」シリーズです。『アヒルと鴨のコインロッカー』なんかももちろん好きなんですけれど、「陽気なギャング」シリーズのドタバタ感が好きでした。
それで、その後にやっと、東野圭吾さんにハマるんです(笑)。最初はなぜかブックオフで買った『むかし僕が死んだ家』で、本当にすごいと思い、そこからいろいろ東野作品を読むようになりました。
――東野さんも作風が幅広いですが、特に好きだったのはどのあたりですか。
新川:『黒笑小説』とか『歪笑小説』といった「〇笑小説」のシリーズが好きでした。『名探偵の掟』も。そうした、茶化している感じに筒井康隆さん味があったし、ギャグセンがすごく自分に合ったというか。もちろん「ガリレオ」シリーズも好きです。
その次にくるのが、宮部みゆき大先生ブームです。私は宮部先生を神とたたえる宗教の求道者をしておりまして。前に大森さんに尊敬する作家は誰かと訊かれて「宮部先生です」と言ったら「目標なの?」と訊かれたんですが、目標なんてとんでもないんです。どこまで自己研鑽を積んでその道を極められるかという話です。
私が宮部先生のことを語るのもおこがましいんですけれど、私、それまでいちばん好きな文章は芥川龍之介だったんです。宮部先生の文章は芥川以来の衝撃でした。文章が面白い上に、現代的な要素があって、ファンタジーもSFも冒険もあって。不思議なものと現実との接続が絶妙なんです。子どもの頃に不思議な話が好きで、そこから大人になってSFに凝ってみたりした人間にとっての期待に最大限に応えてくれるというか。社会派の話も書いてらっしゃるけれど、お説教的でもない。『蒲生邸事件』と「三島屋変調百物語」シリーズがすごく好きです。大人が読めるファンタジーでありミステリであり......。本当に好きすぎて思いが語り切れないです。
――『蒲生邸事件』は現代の学生が二・二六事件の頃にタイムスリップする話で、『三島屋変調百物語』は時代もので、旅籠の娘が人々の不思議な体験や怖い話を聞くという話ですね。
新川:書き手によってはリアリティがないものになりかねない設定なのに、宮部さんが書くとリアリティがあるし、ジャンルを超越しますよね。「このジャンルの作法に従って書きました」という感じではなく、ジャンルをシームレスに行き来していて宮部さんワールドが出来上がっているところが本当にすごいと思います。
その頃は畠中恵さんの『しゃばけ』シリーズもよく読んでいました。それと時を同じくして恩田陸ブームが来るんですよ。現実からちょっと浮いた世界観がすごく好きでした。定番なんですが、どれか選ぶなら『六番目の小夜子』と『夜のピクニック』。最近のものでは『蜜蜂と遠雷』が好きです。
このあたりから一層エンタメ系を読むようになりました。やはり大人が読めるファンタジー要素、SF要素のあるものが好きだし冒険系が大好物で、小野不由美さんの『十二国記』シリーズとか、田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』とか。「銀英伝」での私の推しはロイエンタールです(笑)。
有川ひろさんの『図書館戦争』や『植物図鑑』も読みました。感情移入させるドラマを作るのがうまいなあと思って。日常でありそうでなさそうな、隙間を書いてらっしゃるところがすごく好きでした。
そのあたりから冒険やアクションのない一般文芸に手が伸びるようになって、確か湊かなえさんがデビューした頃だったので『告白』も読みましたし、角田光代さんの『対岸の彼女』もすごく好きで。唯川恵さんも読むようになりました。
――唯川さんは『肩ごしの恋人』とか?
新川:それも好きでした。あと、『愛に似たもの』という短篇集があるんです。恋愛小説なんですけれど、愛と見せかけた自己愛だったりするものが書かれていたんです。
私は少女漫画もまったく読まずにきたし、恋愛ものをほとんど素通りしてきたんです。中学生の頃に『世界の中心で、愛を叫ぶ』や『恋空』が流行っていたんですけれど、そうした純愛ブームにも乗れなかった。大学生になってはじめて、純愛を純愛のまま書くのではない、一筋縄でいかない恋愛小説が好きになりました。衝撃を受けたのは山本文緒さんの『恋愛中毒』。それもやっぱり純愛というより斜めから見る目線が感じられるんですよね。
...こうして話していると、私、メジャーどころばかり読んでいるし、ミステリをそんなに読んでいないことがよく分かりますね(苦笑)。
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