
作家の読書道 第237回:小田雅久仁さん
2009年に『増大派に告ぐ』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞、2012年に刊行した『本にだって雄と雌があります』が本好きたちの間で圧倒的な支持を受け、昨年、久々の新作作品集『残月記』を刊行して話題を集める小田雅久仁さん。幼い頃から国内外のさまざまな作品を読み、時に深く考察してきた小田さんの読書遍歴とは。気になるタイトルがたくさん出てきます!
その3「SFと純文学」 (3/6)
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- 『ハイペリオン(上)』
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- 『ハイペリオンの没落(上)』
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- 『エンディミオン(上)』
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――大学に進学してからはいかがでしょう。
小田:ジャズ研究会に入ったんです。小さい頃にエレクトーンとピアノを習っただけなので、ほぼ初心者でした。ドラムを始めましたが才能がなく、ベースもやってみたけれど結局、楽器はろくに身につかなかったですね。でも、その経験があるから、小説の中にも音楽を登場させることが多くなったんだと思います。特にジャズは出したいなという気持ちがありますね。
ベースを弾き始めてからはジャコ・パストリアスといういう偉大な天才ベーシストが大好きになって。彼は35歳くらいで亡くなったんです。クラブに入ろうとしたらガードマンに止められて悶着起こして殴られて死んだという。彼のドキュメンタリー映画もあって、それも知人と観に行きました。天才はそれくらいの若さで死ぬんやなと思っていたんですが、自分はあっという間にアラフィフになったので普通の人間やったなと思いますね(笑)。
――大学時代の読書生活は。
小田:SFが好きになりました。印象に残っているのはダン・シモンズの『ハイペリオン』と『ハイペリオンの没落』。日本では94年と95年に出ているんですよね。僕のSF人生の頂点です。これを読んで、こんなん書けるんやったらSF作家になりたいなと思いました。でもその後、99年に続きの『エンディミオン』が出たので読んだら、話は面白いはずなのに、自分はそこまで楽しめなくて。数年の間に自分のSF熱が前よりも冷めていたんだと思います。
でも当時はいろいろ読みました。ジョージ・アレック・エフィンジャー『重力が衰えるとき』、J・P・ホーガン『星を継ぐもの』、ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』、ブルース・スターリング『スキズマトリックス』、ストルガツキー兄弟『ストーカー』、レイ・ブラッドベリ『華氏451度』、ル・グィン『闇の左手』『所有せざる人々』.........。オースン・スコット・カード『エンダーのゲーム』も好きでしたね。映画も観ましたが、原作のほうが面白かったです。
――少し前にインタビューした時、新作『残月記』の一篇目「そして月がふりかえる」はフィリップ・K・ディックの『流れよわが涙、と警官は言った』のイメージがあったとおっしゃっていましたが、ディックを読んだのもその頃ですか。
小田:そうですね。ディックは他に『ユービック』や『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』なんかも読んでいますが、ものすごく好きというわけではないんです。たぶん、文章がそんなに好きじゃなくて。ただ、アイデアが出色なんですよね。いまだに書店の本棚に並んでいるじゃないですか。それに比べるとアイザック・アシモフやアーサー・C・クラークがそこまで読まれていない気がするのはなんでかな、と考えてみると、ディックの作品って、現実が崩壊していく感覚があるんですよね。それが今の電脳的な感覚とマッチしているから、時代を先取りしていたんかなあと思います。
他に大学の時に読んだものでよく憶えているのが、ジョン・ファウルズの『魔術師』です。イギリス人の青年がギリシアの島に行って学校の先生になるんですが、そこで謎めいた老人と出会う。その老人には同居している美女がいて、青年はその美女に惹かれて、ずんずん引きこまれていくうちに、ある時急に模擬裁判みたいなものに引きずり出されて、心をズタボロにされる。ひどい話なんです。あれは読んでいてめちゃくちゃ腹が立つんです。もう腹が立って腹が立って......。
――あの、お好きな作品なんですよね?
小田:すごい読書体験だったんです。ファウルズは『コレクター』なんかも読みましたけれど、『魔術師』が好きですね。『魔術師』は姉に薦められて読んだんです。姉は僕よりよく読む人なので。大学生の時に借りて何十年も借りっぱなしだったんですが、2、3年前に古本屋で見つけたので自分用に買って、ようやく返しました。姉は貸したことも憶えていませんでしたが。
――日本の小説はどんなものを読みましたか。
小田:村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』とか村上龍さんの『五分後の世界』とか。
中島らもさん『ガダラの豚』と、あとちょうど京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』が出た頃で、京極堂・百鬼夜行シリーズも最初のほうは読んでいました。
SFの後に、純文学を読むようになったんです。大江健三郎さんは『死者の奢り・飼育』などの初期の短篇が好きでした。「飼育」は終盤になって愕然とするような展開になるし「他人の足」もそういう短篇で。『芽むしり仔撃ち』とかも好きでしたね。僕の文章は誰の影響を受けたのか分からないと思っていたんですけれど、最近考えてみたら、大江さんも読みにくく感じるくらい言葉を費やして書いてらっしゃるので、その影響があるのかなと思いました。
あと印象に残っているのは安部公房。『砂の女』は今でも大好きな1冊なんですが、今考えてみるとあれは映画の「SAW」とか「CUBE」みたいなシチュエーションスリラーですよね。知らない女と二人きりで砂の底で生活して、その閉鎖的な空間からなんとか逃れようとする男の話ですから。そのスリリングな感じというのは、すごく現代的やなと思っています。
――ランダムに読むタイプですか、作家読みするタイプですか。それと、読書記録はつけていましたか。
小田:ひとつ読んで面白かったらその作家の他の作品もいくつか読んでみますが、ただ、図書館で借りることが多かったので目につくものを借りるという感じでした。記録は全然つけていなくて、だから思い出せないんですよ。面白く読んだことは憶えていても、内容とか、最後どんなふうに終わったのか憶えていないものが多いです。ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』のシリーズなんて大好きなんですけれど、どれを読んでも並行していろんな事件が起きるので、読み終わってしばらく経ったら忘れてしまう。
――ああ、フロスト警部が主人公のミステリシリーズで、確かにあれは毎回、同時にいっぱいいろんなことが起きますよね。現代の海外ミステリも読まれているんですね。
小田:ジェフリー・ディーヴァーの『ボーン・コレクター』などのリンカーン・ライムのシリーズとか、『スリーピング・ドール』などのキャサリン・ダンスのシリーズとかが好きですね。体調が悪くて本が読めない時でも、ディーヴァーの作品はちょこちょこ読んでいました。シリーズやから、登場人物や世界観はもう分かっているので入り込みやすいんですよね。シリーズに限らず小説はそれが重要な要素だと思っています。どこかの料理屋に入った時に、味の想像がつかないものってあんまり頼まないですよね。中にはあえてチャレンジする人もいる。小説でも、これはミステリですとか、これは誰それが主人公ですといったように、内容がある程度想像つくもののほうが買いやすい。僕の本は想像つきにくいからかなり不利なんですが、普段から沢山読んでいる人が刺激を求めて買ってくれているんじゃないかなと思っています。