
作家の読書道 第237回:小田雅久仁さん
2009年に『増大派に告ぐ』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞、2012年に刊行した『本にだって雄と雌があります』が本好きたちの間で圧倒的な支持を受け、昨年、久々の新作作品集『残月記』を刊行して話題を集める小田雅久仁さん。幼い頃から国内外のさまざまな作品を読み、時に深く考察してきた小田さんの読書遍歴とは。気になるタイトルがたくさん出てきます!
その5「とんがったものへの憧れ」 (5/6)
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- 『ホワイト・ジャズ (文春文庫)』
- ジェイムズ・エルロイ,佐々田雅子
- 文藝春秋
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――他にはどんな作品を?
小田:社会人になってからは、他にもいろいろ読みました。イアン・マキューアンは『贖罪』が印象に残っていますね。『初夜』や『イノセント』はデビュー後に読みました。
ジャック・ケッチャム『隣の家の少女』も読んだし、ジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』を読んでノワールというものを知りましたが、これもマッカーシーなどと同じで、自分は真似してはいけないなと思う文体でした。イアン・バンクスは『蜂工場』、マキャモンは『アッシャー家の弔鐘』『奴らは渇いている』『スワン・ソング』とか。 サラ・ウォーターズ『半身』『荊の城』、マイクル・コナリー『ナイトホークス』、ドン・ウィンズロウ『ストリート・キッズ』、スティーヴン・ハンター『ダーティホワイトボーイズ』...。
ケン・フォレットの『大聖堂』なんかも好きでしたね。ヨーロッパを舞台にした歴史ものが好きなんです。C・J・サンソムの『チューダー王朝弁護士シャードレイク』とか、ピーター・トレメインの「修道女フィデルマ」のシリーズなども読みました。
スティーヴン・キングは『ザ・スタンド』や『IT』、『悪霊の島』。『ドクター・スリープ』はデビュー後に読んだのかな。他にはキム・ニューマン『ドラキュラ紀元』とか。
ファンタジーは、ローリングの『ハリー・ポッターと賢者の石』、ジョナサン・ストラウド『バーティミアス』、クライヴ・バーカー『アバラット』、バリー・ヒューガートの『鳥姫伝』とか。
他には、イーサン・ケイニン『宮殿泥棒』、プリスターフキン『コーカサスの金色の雲』なんかを憶えています。日本の小説では車谷長吉さんの『赤目四十八瀧心中未遂』、古典ですがヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』もこの時期に読みました。
――たくさんありがとうございます。ところで、本腰を入れて小説を書こうと思ったのは何かきっかけがあったのですか。
小田:なんとなく書きたいなと思っていたんでしょうね。それで28歳の時に会社を辞めて書き始め、最初に書いたものを日本ファンタジーノベル大賞に送ったら最終選考に残してもらったんです。それで「案外いけるんや」と思い、そこから真剣に考えるようになりました。
――最初に送ったのは、どんな作品だったのでしょう。
小田:コテコテのファンタジーです。でかい木が世界中を飛んでいて、その木の上に人が住んでいるという話でした。その後も小説は書き続けたんですが、なかなか最後まで書き切れなかったんです。何個目かで『増大派に告ぐ』を書いて、それでなんとかデビューしました。
――『増大派に告ぐ』は、団地に住む少年と、公園で暮らすホームレスの関係の変化が緊張感をもって描かれていて、愕然とする展開になります。確かにファンタジーと呼べるのか微妙ですが、なぜああいう作品を書かれたのですか。
小田:僕が西宮にいた頃、あんなふうな海沿いの団地に住んでいたんです。近所に大きな公園があって、ソテツが生えてて、ホームレスがいて、っていう。そういう経験があったんで、それに基づいて書きました。
――デビュー後の読書生活は。
小田:それまでは海外の作品を読むことが多かったんですけれど、日本人の作品も読まないといけないなと思うようになりました。印象に残っているのは平野啓一郎さん。『決壊』や『ドーン』を読んで、すごいのを書く人がおるなと思って。僕よりひとつ若いのかな、でも僕よりだいぶはやくにデビューされていますよね。
今って、80年代の村上春樹さんや村上龍さんや吉本ばななさんのような、その時代に突出して人気がある小説家っていてないなと思うんです。平野啓一郎さんや奥泉光さんのようなすごい人もいるのに村上春樹さんくらいポピュラーにならないというのは、彼らに力がないということではなくて、小説家に求められているものが変わってきているんやろうなと思います。小説家が世間を引っ張っていくみたいな時代は終わったんでしょうね。
他には、しばらくSFを読んでいなかったので、また読んでみようかなと思って。それで伊藤計劃さんの『虐殺器官』や円城塔さんの『Boy's Surface』を読んで。円城さんは、こんな強烈な個性を持った人がおるんやなとびっくりしました。酉島伝法さんもそうですね。
――『皆勤の徒』などの酉島さん。
小田:はい。こういう人たちの作品がもっと広く読まれるようになったら日本の小説界も面白くなるだろうなと思いました。
――執筆のほうはいかがでしたか。
小田:デビューさえできればどうにかなるやろと思っていたら、まあ『増大派に告ぐ』が全然売れなくて。書いていた時はデビューできるかどうかを考えて、売れるか売れないかは考えていなかったんですよ。それで、こういうのを書いていてもあかんねんなというのがあって、違うスタイルを試そうとして、実験として書いたのが『本にだって雄と雌があります』でした。
――がらっと変わってユーモアたっぷりなファンタジーですよね。雄の本と雌の本を隣同士に並べると、幻書という空飛ぶ本が生まれる。その幻書の蒐集家である男の生涯を孫が綴っている内容で、荒唐無稽で楽しくて、本と家族への愛が詰まっている。大好きです。
小田:暗い話は駄目なんやっていう気づきがあったので、逆の方向に振り切ったんです。もともとは「小説新潮」に書いた中篇でした。本当は短篇の仕事だったんですが、70枚くらいのはずが130~40枚くらいになったうえに出来も悪くて載せてもらえなくて。でも編集者が気に入ってくださって、「長篇にしてみたら」ということで600枚を超えるくらいの小説になりました。
――最初はどんな中篇だったんですか。後半のボルネオの場面で感激したんですが、あれはあったんですか。
小田:ボルネオの場面はなかったです。まず、主人公が手記を残す感じで書いているという体裁じゃなかったんです。一族の話ではなく、お祖父さんの話だけでした。
――長篇で読めてよかったです(笑)。これはTwitter文学賞の国内小説の1位になりましたね。
小田:その時に海外小説の1位になったのがソローキンの『青い脂』だったんです。それで読んでみて、久しぶりにびっくりしましたね。こんな化け物みたいな小説と一緒に1位を獲ったんかと思って。その後にソローキンの他の作品も読みましたが『青い脂』ほどではなくて、残念であると同時に「ああ、よかった」という気持ちがありました。あんな化け物みたいな小説を何度も書けるわけじゃないんだな、って。僕はあそこまでとんがったものを書く勇気はないんですが、勇気を持ちたいと思いました。それは円城塔さんや酉島伝法さんを読んでも思ったことです。あそこまでとんがったことをやる勇気がほしいです。そういった方々の小説を読むと、つくづく自分は普通の小説家やなあと思う。
――円城さんも酉島さんもいろんな試みをされていますが、小田さんはどういう部分で「とんがった」と感じておられるのですか。
小田:細部というよりもまず、感情移入して読むという、ほとんどの読者がそうしたいと思っていることを許さないところがありますよね。小説の形式にとことんこだわって、感情ではない、技巧的なアイデアで読ませる。感情を排除したところでもちゃんと読者がついてきてくれるポジションを築かれている方たちですよね。そこがすごいなと思います。
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- 『ザ・スタンド(1) (文春文庫)』
- スティーヴン・キング,深町眞理子
- 文藝春秋
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- 『悪霊の島(上) (文春文庫)』
- スティーヴン・キング,白石 朗・訳
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- 『本にだって雄と雌があります(新潮文庫)』
- 小田 雅久仁
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