第237回:小田雅久仁さん

作家の読書道 第237回:小田雅久仁さん

2009年に『増大派に告ぐ』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞、2012年に刊行した『本にだって雄と雌があります』が本好きたちの間で圧倒的な支持を受け、昨年、久々の新作作品集『残月記』を刊行して話題を集める小田雅久仁さん。幼い頃から国内外のさまざまな作品を読み、時に深く考察してきた小田さんの読書遍歴とは。気になるタイトルがたくさん出てきます!

その4「クリストフとマッカーシー」 (4/6)

  • 悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
  • 『悪童日記 (ハヤカワepi文庫)』
    アゴタ クリストフ,Kristof,Agota,茂樹, 堀
    早川書房
    726円(税込)
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  • すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)
  • 『すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)』
    コーマック マッカーシー,McCarthy,Cormac,敏行, 黒原
    早川書房
    1,166円(税込)
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  • ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)
  • 『ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)』
    アゴタ クリストフ,Kristof,Agota,茂樹, 堀
    早川書房
    748円(税込)
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――大学卒業後はどうされたのですか。

小田:もともと身体が弱くて、就職活動の頃に結核になったんです。それで就職活動ができなくて、卒業してからしばらくフリーターをして、25歳の時に損害保険の調査の会社に就職しました。そこに3年おったんですが、小説を書こうと思って辞めました。ほいで書いたけれどうまくいかなくて、また保険調査の会社でフリーみたいな形で仕事を何年かしていました。それがだんだん暇になってきて、また小説を書くことにして、35歳の時に『増大派に告ぐ』で日本ファンタジーノベル大賞を獲ってデビューしたという流れです。

――社会人になってからの読書で記憶に残っているのは。

小田:いちばん記憶に残っているのはアゴタ・クリストフの『悪童日記』と、コーマック・マッカーシーの『すべての美しい馬』です。
『悪童日記』は、こんなに文章をシンプルにしてここまで面白く書けるんかってびっくりしました。ただ、これは3部作で『ふたりの証拠』『第三の嘘』と続きますが、だんだん文体の強みが弱まっていく印象を持ったんです。なんでかなと考えた時に、1作目は双子で書いた日記という形式で、ずっと「ぼくら」という特殊な人称を使っているんですよね。日記を書く上でも事実のみを書く、みたいなルールを決めているので、内面描写みたいなものはなされない。
 自分が小説を書くようになってから考えたんですが、内面に関しては「ぼくら」二人だけで共有するだけでよくて、一緒に住んでいるおばあさんにも、町の住民にも、彼らは理解されなくても平気なんですよね。それが2作目になると、双子の一人は国外に出て、残ったリュカの三人称になる。相変わらずシンプルなことはシンプルなんですけれど、一人になったことで周りの人に理解されたい気持ちが出てきて情緒的になっている。第1作のような内面描写のない簡潔な文体のメリットがやや失われているんですよね。3作目の『第三の嘘』に至ってはある程度内面のことも書かれた普通の小説になっていて、『悪童日記』のような奇跡は起きなくなっている。アゴタ・クリストフ自身が『悪童日記』のような奇跡を再現できないなら、僕が真似しようもないんやなと思いました。簡潔さで押し通すような文体は早々に諦めて、より普通の書き方をすることを選びました。つまり、アゴタ・クリストフの作品について考察したことが、今の自分の文体に影響しているんです。

――マッカーシーは。

小田:マッカーシーも、文体は全然違うんですけれど内面を描写しないところが似ているんです。『すべての美しい馬』と『越境』、『平原の町』の国境三部作や、『血と暴力の国』、『ザ・ロード』、『ブラッド・メリディアン』も読みましたが、マッカーシーの小説って人がつねに移動しているので、内面描写よりも視覚的な描写のほうが濃密なんです。広大なアメリカを移動して、次々に何かが起こる話だからこそ、その動きを追っているだけで小説として成立している。
 僕はそういう環境で育っていないんですよね。街で生まれてそこで暮らして動かないでいる人間だから、書こうとするものも主人公が動かない人間で、そこから日常が破れる状況に巻き込まれていく。その心情の落差を書こうとするので、結局心理小説みたいになるんやなと思いました。つまり、マッカーシーみたいな、ある意味ドライな文体に憧れはあるけれど、真似することはできないなと思ったんです。それで、自分は登場人物の内面も描写する文章を書くようになりました。

――小説を書こうと思ってから、好きな作家をいろいろ分析されたのですね。

小田:自分なりの文体を作らないといけないなと思っていろいろ考えるようになりました。それで、好きな小説家の文体は真似できないということが分かって終わりました(笑)。

  • 第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)
  • 『第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)』
    アゴタ・クリストフ,茂樹, 堀
    早川書房
    726円(税込)
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  • 越境 (ハヤカワepi文庫)
  • 『越境 (ハヤカワepi文庫)』
    コーマック・マッカーシー,黒原敏行
    早川書房
    1,210円(税込)
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  • 平原の町 (ハヤカワepi文庫)
  • 『平原の町 (ハヤカワepi文庫)』
    コーマック マッカーシー,McCarthy,Cormac,敏行, 黒原
    早川書房
    1,166円(税込)
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  • ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)
  • 『ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)』
    コーマック・マッカーシー,黒原敏行
    早川書房
    880円(税込)
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  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤 (ハヤカワepi文庫)
  • 『ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤 (ハヤカワepi文庫)』
    コーマック マッカーシー,黒原 敏行
    早川書房
    1,320円(税込)
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