第242回:藤野千夜さん

作家の読書道 第242回:藤野千夜さん

1995年に「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞してデビューして以降、現代人の日常の光景と心情を細やかに、時にユーモラスに描いて魅了してくれている藤野千夜さん。元漫画編集者でもある藤野さんの読書遍歴とは? お話の流れで最近の話題作『じい散歩』や『団地のふたり』の意外なモデルも判明して…。飛び入り参加(?)ありの楽しいインタビュー、リモートでおうかがいしました。

その2「漫画、小説、映画の日々」 (2/6)

  • 河童 他二篇 (岩波文庫 緑 70-3)
  • 『河童 他二篇 (岩波文庫 緑 70-3)』
    芥川 竜之介
    岩波書店
    462円(税込)
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  • 変身 (新潮文庫)
  • 『変身 (新潮文庫)』
    フランツ・カフカ,Franz Kafka,高橋 義孝
    新潮社
    440円(税込)
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  • どろろ(1) (手塚治虫文庫全集)
  • 『どろろ(1) (手塚治虫文庫全集)』
    手塚 治虫
    講談社コミッククリエイト
    935円(税込)
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  • アポロの歌 オリジナル版 (立東舎)
  • 『アポロの歌 オリジナル版 (立東舎)』
    手塚 治虫
    立東舎
    4,620円(税込)
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  • 人間ども集まれ! (手塚治虫文庫全集)
  • 『人間ども集まれ! (手塚治虫文庫全集)』
    手塚 治虫
    講談社コミッククリエイト
    968円(税込)
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  • 赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)
  • 『赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)』
    庄司 薫
    新潮社
    539円(税込)
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――自分で絵や漫画は描きましたか。

藤野:落書き程度には書いていたと思います。中学校でたまたま漫研に入ったので、それからはすごく漫画漬けでした。
 何か部活に入らなきゃいけなくて、漫研に入ったら部室に本が充実していたんです。勝手に読んでいいので、嫌いな授業とか、その日当てられそうな授業はさぼってそこで漫画を読んでいました。

――学校ではどんな子だったと思いますか。

藤野:騒がないし、友達はいないし、目立ちたがりではなかったです。中学で最初に制服を着ていかなくなったのは私だった気がしますけど(笑)。

――国語の授業や作文は好きでしたか。

藤野:授業のなかでは好きなほうで、そんなにすごく得意というわけではないけれど褒められたりはしました。理系がまったくわからなかったんです。化学なんて「わからないことがあったら聞いていいよ」と言われても何がわからないのかもわからなくて。

――漫画以外の読書はいかがでしたか。

藤野:中学校から電車通学が始まったので、文庫本を買って電車で移動する間は読むようになりました。星新一さんのショートショートはすごく読みましたね。短篇集ならなんでもいいという感じで、O・ヘンリーの短篇集とか、エドガー・アラン・ポーの短篇集とか、芥川龍之介の『河童』とか。短篇集でなくても薄い文庫なら買って、カフカの『変身』なども読みました。

――お小遣いに限りはあると思いますが、文庫は買っていたのですか。

藤野:お金は本にしか使っていなかったので。「本を買う」と言えば親も出してくれたところがあるので。その頃、手塚治虫さんにハマったので、古本漁りもしていました。

――手塚治虫さんにハマったきっかけは。

藤野:もちろんそれまでにアニメも見ていましたし、漫画も読んでいましたが、中学で漫研に入る頃に『どろろ』を単行本で全部読んで、こんなに面白かったんだと思って。漫研で誰が好きか訊かれて「手塚治虫さんです」と意気込んで言ったんですけれど、そんなに長く好きだったわけではなかったのを憶えています。その頃は手塚先生の作品でも品切れなものが多くて、でも古本屋さんに行くとあったんですね。それで買った初期の頃の『火の鳥』とか『アポロの歌』にすごく感銘を受けました。とにかく作品の出来が素晴らしくて、なんて面白いんだろうと感激したんです。

――藤野さんが編集者時代を書いた自伝的小説『編集ども集まれ!』は、手塚さんの『人間ども集まれ!』から取ったタイトルだそうですね。その『編集ども集まれ!』に、中学時代に神保町と人形町を聞き間違えたエピソードがあって読んだ時に爆笑したんですが、あれは実体験ですか。

藤野:そうです。スノッブな学校で、同級生2人が「古本屋といえば神保町だよね」と話していたんです。横で聞いていて、友達ではなかったので聞き直せなくて、「そうか人形町か」と思って一人で人形町に行きました。行くと人形町にも古本屋が2軒くらいあったんです。「たいしたことないな」と思いながらも手塚先生の本を探していました。「あれは神保町のことだったのか」と気づいたのは17か18歳の頃なので、5、6年間は人形町のことをいつも考えていました(笑)。

――その頃からそうやって本を買っていたとすると、蔵書がすごいことになっていたのでは...。

藤野:そうなんです。その頃から買った本を捨てたことがまったくないんです。実は数か月前から実家の本を片付けなくてはいけない状況になっていて。片づけながら「こんな本を読んでいたのか」と思っていた時期にこのインタビューのお話をいただいたので、面白いなって思っていました。

――ところで、さきほどから画面には映っていませんが、隣で藤野さんに本を渡したりされている方がいますよね。もしかして、『編集ども集まれ!』に主人公の友人として登場するアダっちさんでは? 一度お会いしたことがあるのでそう思ったのですが。

藤野:そうなんです。今もアダっちの部屋にいるんです。

アダっち:大量の本がうちに持ち込まれているんですー!

藤野:実家の本を捨てると言ったら、もったいないから持ってこいって。

アダっち:捨てるなんてできないような代物ばかりなんです!

――さきほど見せてくださった「別冊少女コミック」も新品のような状態でしたよね。ずごくきれいに保存されているんですね。

アダっち:めちゃめちゃ保存状態がいいです!

藤野:これですよね(と、「別冊少女コミック」を掲げる)。あいざき進也のブロマイドが載っていますね。ああ、これは岸裕子さんの玉三郎シリーズが連載していた頃ですね......って、つい読んじゃう(笑)。こういうものが沢山あって大変なんです。
 わりと本は繰り返し読んでいるので、捨てるという発想がなかったんです。今はそれほどでもないですが、昔は同じ本を何十回も繰り返し読んでいました。漫画でも小説でも、新しく買った本を3冊くらい読むと昔読んだ本に戻る、という感じで。

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――繰り返し読んだ小説といいますと、どんなものがありますか。

藤野:庄司薫さんの『赤頭巾ちゃん気をつけて』のシリーズや、鈴木いづみさんや広瀬正さんのSF小説とか。高校に入ってからは、橋本治さんの『桃尻娘』を教室の机の上に置いて、いつでも読めるようにしていました。

――教室の藤野さんの机の上に、ですか。

藤野:そうです。漫研の部室で漫画を読んで、教室に戻るとそれを読むという。心の支えが本だったんです。
 当時は、村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』や中沢けいさんの『海を感じる時』といった群像新人文学賞受賞作が大ベストセラーでしたね。群像新人文学賞ではないけれど、新人の見延典子さんの『もう頬杖はつかない』も話題になって映画化したりして、興味がわいて。伊井直行さんの群像新人文学賞受賞作の『草のかんむり』なんかも図書館で借りて読みました。伊井さんの作品は、それからずっと読んでいます。
 その頃は文芸作品がよく映画になっていたし角川映画の時代でもあったので、映画を観てから原作を読むことも多かったんです。『伊豆の踊子』とか『春琴抄』とか。ATGの映画が好きだったので、そうすると純文学が多かったですね。中上健次さんの『十九歳の地図』とか。『蛇淫』も「青春の殺人者」というタイトルで映画になりましたよね。安部公房の『砂の女』も映画を先に観ましたし、村上春樹さんの『風の歌を聴け』は大森一樹監督作品を先に観ましたし。李恢成さんの『伽倻子のために』は映画と小説とどっちが先だったかな...。宮本輝さんも映画が先だったりしたのかな。その頃から、自分は純文学的な、地味な話のほうが合うんだなと思っていました。立ち止まって考える作品のほうが好きだなって。

――映画もよく御覧になっていたのですね。鑑賞記録はつけていましたか。

藤野:小説の記録はつけていなかったんですが、映画はつけていたんです。あらすじとか感想とか。原田宗典さんが、自分が若い頃に書いた読書記録にツッコミを入れる本がありましたが(『おまえは世界の王様か!』)、自分も、当時からおまえ何様だと思いながら書いていました(笑)。でもそうした記録は高校生くらいでやめていたと思います。今月のベストテンとかもやめていましたね。

――今月のベストテンもつけていたんですね(笑)。そういえば、「りぼん」の付録の、陸奥A子さんのイラストのノートに日記をつけていましたよね。

藤野:さすがにもう日記はつけていませんが、ノートはいまだにあります。高校を卒業した頃から書き始めて、会社をやめて小説家になる頃まで書いていたのかな...。

――そんなに長期間にわたっているのに、1冊埋まらなかったんですか。

藤野:最初はマメに書いていたんですけれど、だんだん年に1回になったりして。最後のほうは2年に1回とか(笑)。

――もはや"日記"じゃないという(笑)。ところで学生時代、まだネットはないですよね。どのように本や映画を見つけていましたか。

藤野:小説は、何かのきっかけで読んだ本が気に入ったら、その作家の作品を追い続ける感じでした。村上春樹さんも映画の『風の歌を聴け』が最初でしたけれど、あとはずっと読んでいましたし、橋本治さんもずっと読んでいましたし。
 よく本屋さんにも行っていました。そこで好きな作家の新刊が出ているととっても嬉しくて1日ハッピーでした。
 映画の情報は雑誌の「ぴあ」ですよね。当時は名画座に通っていました。中学、高校は学校に顔は出すけれどすぐ映画館に行って、そこで同級生にばったり会ったりしていました。「学校じゃなくてここで会うのか」っていう。

――名画座というと、池袋の文芸坐とか...。

藤野:文芸坐にはずっと通っていましたし、池袋では他に日勝地下劇場とか。八重洲スター座、銀座並木座、渋谷の東急文化会館6階の東急名画座も日替わりでかかっていたりするとほぼ毎日行っていました。観たい映画を観るためだけに行った街も結構ありますね。青砥の京成名画座、大塚名画座...。「女必殺拳」が何本立てかでやっているからと三鷹オスカーに行ったり。

――映画の道に進みたいとは思わなかったのですか。

藤野:まったく思わなかったわけではないんですが、社交性がないので。じゃあそれで編集者ができるのかって話なんですけれど。

  • 新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)
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    中上 健次,井口 時男
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