第242回:藤野千夜さん

作家の読書道 第242回:藤野千夜さん

1995年に「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞してデビューして以降、現代人の日常の光景と心情を細やかに、時にユーモラスに描いて魅了してくれている藤野千夜さん。元漫画編集者でもある藤野さんの読書遍歴とは? お話の流れで最近の話題作『じい散歩』や『団地のふたり』の意外なモデルも判明して…。飛び入り参加(?)ありの楽しいインタビュー、リモートでおうかがいしました。

その4「漫画編集者時代」 (4/6)

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――卒業後は出版社に入って、漫画雑誌の編集者になったわけですよね。その時代の話は『編集ども集まれ!』にも丁寧に書かれていますが、どのような生活でしたか。

藤野:不規則なんですけれど、夜中に働いて昼間は休んでもよくて、自分にとってはそれが楽だったので向いていたと思います。時間が空いたら本を読んでいればいいし、試写会に行ってもいいので、まったく苦にならなかったです。写植を貼るのも好きでしたし。

――実際にお会いしたり、担当した漫画家さんは。

藤野:石ノ森章太郎先生は1作だけ担当しました。私は小さい頃に蒲田の映画館に「サイボーグ009」の映画を観に行って、終わっても「もう1回観るから帰らない」と言っていたと親から聞いています。その頃からのファンなのでお会いできた時はとても嬉しかったです。でも好きな先生に会ってもそういう感情をまったく表せないんです。応援しているサッカーチームの選手が駐車場の事前精算機でひとり前に並んでいると気づいた時も声をかけられず、知らん顔をしながら心の中で「マルキーニョス!」と叫んでしましたから(笑)。石ノ森先生に対しても、そういう思い出はないんです。
 つげ義春先生の『石を売る』とか『無能の人』のシリーズに写植を貼ったことはいまだに自慢です。私がつげ先生のファンだと知っている担当者が貼らせてくれました。
 それと、私が入社した頃って岡崎京子さんや桜沢エリカさんがアイドルだったんですよね。メディアにすごく取り上げられるようになる前から面白いなと思っていたら、どんどんスターになっていって。マガジンハウスの広告に岡崎さん、桜沢さん、中尊寺ゆつこさん、原律子さんの4人で登場されたりしていました。そういう時代だったんです。
 岡崎さんとはお仕事をご一緒したことはなかったんですが、友達が担当編集者で、お花見に何度か呼んでもらったり、渓流釣りに行ったり花火大会に行ったりと、なんとなくイベント友達でした。なので私のデビュー作の『少年と少女のポルカ』の単行本のカバーを描いていただいたんです。編集者だった頃は無理なお願いはできなかったんですけれど。「最初の本だから描くよ」と言ってくださって、嬉しかったです。

――編集者時代、小説も読んでいましたか。

藤野:その頃もわりと読んでいました。青年漫画の娯楽色の強い雑誌の編集部にいたんですけれど、わりと純文学も好きで。ちょうどその頃、文芸畑の人が会社に移ってきて、急に文芸系の部署ができたんです。それで金井美恵子さん、笙野頼子さん、増田みず子さんや蓮實重彦さんの本を出すようになって。喜んで本屋で買っていました。

――自社の本を書店で買っていたのですか。

藤野:応援したかったので、定価で買っていました。純文学系以外は、コバルト文庫とか。新井素子さんが大好きで全部読んでいました。矢作俊彦さんもずっと好きでしたし、東野圭吾さんも好きでよく読んでいました。ただ、推理小説は好きな作品もいっぱいあるんですけれど、犯人が誰かということにあまり興味を持てなくて。
 あとは誰かな...。家に筒井康隆さんの作品が全部揃っていることはわかっているんです。半村良さんもいっぱいありますね。半村さんの『およね平吉時穴道行』がすごく好きで、私の『時穴みみか』の名前はそこからいただきました。タイムマシンものが好きなんです。

――ああ、さきほど広瀬正さんのお名前が挙がっていましたよね。

藤野:広瀬さんの『マイナス・ゼロ』は繰り返し読みました。あれはタイムマシンものの最高傑作だと思っています。

――タイムマシンものがなぜお好きなのでしょう。

藤野:なんでしょう。一人でものを考えていたり本を読んだりしているうちにまわりがどんどん変わっていく感覚があるので、しっくりくるのかもしれません。あ、『戦国自衛隊』もすごく好きです。『猿の惑星』も映画を観てハマってピエール・ブールさんの原作も読みましたし。『戦場にかける橋』の作者ですね。

――映画も相当御覧になっていますが、好きな映画監督ってどなたですか。

藤野:大森一樹監督が好きです。「ヒポクラテスたち」とか。昔、飲み屋さんで大森監督がすぐ横の席にいたんです。そっちのグループには荒井晴彦さんもいらして、私と一緒にいた編集者が荒井さんと知り合いだったのでお話しているのに、「荒井さんが脚本を書かれた『Wの悲劇』が好きでした」とも言えず、もちろん大森監督にも声はかけられず、黙ってお刺身を食べていました(笑)。他には森田芳光監督も大林宜彦監督も好きです。

――海外小説では、他にどのようなものが好きでしたか。

藤野:短篇集をよく読んでいた頃に、フラナリー・オコナーが好きでしたね。カポーティも最初に読んだのは『ティファニーで朝食を』でしたが短篇も読みましたし、アップダイクは人気があって手に取りやすい時期でよく読んでいました。村上春樹さんが訳したのでレイモンド・カーヴァーにもハマっていました。レーモン・クノーの『地下鉄のザジ』も。これは映画よりも先に原作を読んだ気がします。それと、ボリス・ヴィアンは全集で持っています。『うたかたの日々』とか。
 サリンジャーもとっても好きです。『ナイン・ストーリーズ』の「コネティカットのひょこひょこおじさん」が好きで、何度も読み返しましたし、いろんな方の翻訳を持っています。自分の中にある寂しさをすごく刺激するところがありますし、本当にうまいなと思うんですよね。ちょっと前にどこかで井上荒野さんもあの本で一番好きなのはこの短篇だと書かれていて、それにも感激しました。
 あとはアーヴィングですね。『ガープの世界』は持っていたものの読まずにいたんですが、会社を辞めて失業期間が1年ほどあった時、職がないのに本を買ってしまうといけないから持っている本のなかから読もうとして、それでようやく『ガープの世界』を読んだらすごくハマって。そればかり繰り返して読んでいました。なぜ今まで読まなかったんだろうと思いました。

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