第242回:藤野千夜さん

作家の読書道 第242回:藤野千夜さん

1995年に「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞してデビューして以降、現代人の日常の光景と心情を細やかに、時にユーモラスに描いて魅了してくれている藤野千夜さん。元漫画編集者でもある藤野さんの読書遍歴とは? お話の流れで最近の話題作『じい散歩』や『団地のふたり』の意外なモデルも判明して…。飛び入り参加(?)ありの楽しいインタビュー、リモートでおうかがいしました。

その5「小説を書き始める」 (5/6)

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――『編集ども集まれ!』に経緯も書かれてありますが、小説を書き始めたのは会社を辞めた後だったのですか。

藤野:失業保険をもらいながら、何かしないとまずいとなって、古いワープロを家からもらって書き始めたんです。1994年のはじめからですね。それまでに小説家になろうと考えたことがなくはないんです。コバルト文庫の小説を書きたいと思ったことがあった気がしますし。でも、ちゃんと書いてなんとかして仕事にしないと思ったのはそれが初めてで、なれなかったらどうなるんだろうと思いながら書いていました。
 自分が書くとしたら盛り上がりのある話は苦手だろうとわかっていたし、難しいものも書けないし、と思いながらいろんな文芸誌を見ました。もともと「群像」などは読んでいましたが、吉本ばななさんが海燕新人文学賞を受賞した『キッチン』が大好きだったので「海燕」を買ったら、その号に角田光代さんの『まどろむ夜のUFO』が掲載されていて、読んですごく感動して。お金がなかったのに紀伊國屋書店新宿店に行って角田さんの本を全部買って、友達にも薦めました。もちろん「海燕」はそれまでも好きで、小川洋子さんや吉本ばななさんが海燕新人文学賞出身ということも知っていましたが、すごくいい雑誌だなと思ったのが角田光代という作家を知った時で、いい出会いだったなと思います。
 ただ、その時は海燕の募集の締切に間に合わずに他の賞に出しました。

――小説を書こうと決めてから、すぐすらすら書けたのですか。

藤野:とにかく締切に向けて枚数を合わせて書いていました。自分がどれくらいのものかわからなかったんですが、最初に出した二つが最終選考の手前くらいまでいったので、まったく間違ってはいないんだろうな、じゃあしばらく書き続けようと思いました。

――そして1995年に海燕新人文学賞を受賞したのが「午後の時間割」(『少年と少女のポルカ』所収)だったんですね。

藤野:とても嬉しかったんですが、目立つのは好きじゃないので、賞はあげられないけれど雑誌には載せてあげる、みたいにならないかなと思っていたんですけれど(笑)。とにかく仕事がほしかったんです。受賞が決まった時に編集者の方に、新年号に載せるから1か月後くらいまでに次の作品を書けと言われて、そういうものかと思って書いたりしていました。

――プロの小説家となって、読書に変化はありましたか。

藤野:がらっと変わることはなかったですね。文芸誌を見ながら新しい方を見つけて面白いなと思ったりはしました。阿部和重さん、川上弘美さん、赤坂真理さんとかがほぼ同じ時期に出てこられて、面白く読んでいました。亡くなりましたが清水博子さんも好きでした。

――ああ、『街の座標』ですばる文学賞を獲られた方。

藤野:『vanity』とか『カギ』とか。岡崎祥久さんも読みます。清水さんと岡崎さんは一緒に野間文芸新人賞の候補になったので、その頃からずっと読んでいます。
 同時代的な作家でいうと、町田康さんの『告白』と吉田修一さんの『悪人』は、どちらもすごいものが書かれたと思いました。同時代に読めてよかったです。
 山崎ナオコーラさんや津村記久子さん、今村夏子さんの作品も大好きです。滝口悠生さんの『高架線』もすごく好きですね。

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――相変わらず好きな作品は繰り返し読まれているんですか。

藤野:今もその傾向はあると思いますけれど、前のように何十回読むんだろうというくらい繰り返すことは減りました。映画は今でも4、5回は見直しますけれど。

――繰り返し味わう楽しさってどんなところにありますか。

藤野:結末を知っちゃったらつまらないんじゃないかと言われることもありますが、そういうことじゃないんですよね。自分は何が起こるかにはそれほど興味がないのかもしれないとも思いますが。読み返すたびに見え方が変わってくるのが面白いし、1か所ぱっと開いて、好きなところまで読むのも楽しいですし。いろんな切り取り方ができますね。映画はわりと最初から最後まで見返しちゃいますけれど。

――さきほど東野圭吾さんのお名前も挙がりましたが、他にエンターテインメント系の小説は読まれますか。

藤野:読みますよ。姫野カオルコさんもずっと好きですし。まあ姫野さんは純文学的といえばそうなんですけれど。湊かなえさんも読みますし、『テスカトリポカ』で直木賞を受賞された佐藤究さんとか。佐藤さんは私が群像新人文学賞の選考委員だった頃、別名義で『サージウスの死神』が優秀作に選ばれた方なんです。自分が選考委員だった時にデビューされた方は気になりますし読みますね。朝比奈あすかさん、木下古栗さん、樋口直哉さん...。受賞はされなかったんですけれど最終選考に残った坂上秋成さんもずっと気になっていたらデビューされてご活躍されているので嬉しくなって見ています。

――漫画は読んでいますか。雑誌で読まれるのでしょうか。

藤野:単行本で読むことが多いです。その都度、好きそうだなと思う人の本を買っています。書店では完全にジャケ買いですね。帯がついていたら煽り文句に惹かれることもあります。といってもあまり広げてはいなくて、昔から好きな方を読んでいます。『編集ども集まれ!』を書いてからはまた手塚治虫さん熱が高まって、さらに漫画やグッズを買っちゃっています。昨日もまんだらけに行ってしまいました。

――これまでにお名前が挙がっていない漫画家で好きな方は。

藤野:ハマるとわりと急に読みだすので、黒田硫黄さんは集中して全部読みました。他には浅野いにおさんや田島列島さん、『うちのクラスの女子がヤバイ』の衿沢世衣子さん...。押見修造さんの本も読みましたし、ヤマシタトモコさんも一時期ガ-ッと集中して全部読みました。

――藤野さんは宝塚歌劇団もお好きですよね。それはいつからですか。

藤野:昔から「ベルサイユのばら」のテレビ中継があると見たりしていましたが、通うようになったのはここ15年くらいです。友達がハマったので付き合って一緒に行っているうちに自分も、という。ここ最近はコロナ禍の影響で公演が中止になったりしていましたが、その分、配信がすごく多くなったのでよく見ています。そもそもチケットをとるのも大変ですし。配信で見て、東京宝塚劇場のそばの日比谷シャンテ内にあるキャトルレーヴというグッズショップに行って、公演のお菓子を買ったりしています。

――贔屓にしている方は。

藤野:雪組ファンで、彩風咲奈さんが好きなんです。でも今大人気の柚香光さんも格好よくて...。「ポーの一族」の舞台がすごくよかったんです。小池修一郎先生が満を持して演出された舞台で、柚香さんはアラン役でした。小池先生は『ポーの一族』の文庫の解説も書かれているんですけれど、ずっと舞台にしたいと温めていらしたそうで、本当に素晴らしい舞台でした。「U-NEXTで観られますよ」って、隣でアダっちが言ってます(笑)。

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