
作家の読書道 第242回:藤野千夜さん
1995年に「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞してデビューして以降、現代人の日常の光景と心情を細やかに、時にユーモラスに描いて魅了してくれている藤野千夜さん。元漫画編集者でもある藤野さんの読書遍歴とは? お話の流れで最近の話題作『じい散歩』や『団地のふたり』の意外なモデルも判明して…。飛び入り参加(?)ありの楽しいインタビュー、リモートでおうかがいしました。
その3「完璧だと思う短篇」 (3/6)
――大学では何を専攻されたのですか。
藤野:千葉大学の教育学部教員養成学科の、中学高校の社会科の教員免許をとる学科で政治学を専攻していました。あまり共通一次の成績がよくなくて、国立はもういいかなと思っていたら、友達に千葉大のその学科は現国と小論文の試験しかないから一緒に受けようと言われて。受けに行ったらその友達は来なかったというひどい話なんですけれど、受かったんです。たしかに現国と小論文だけなのはよかったです。
教師になる気はそれほどなかったんですけれど、教育実習に4週間いかなくてはいけない学科だったので行ったら結構楽しくて、先生もいいかなと思ったんですけれど。
――大学時代、好きな作家は増えましたか。
藤野:大学生の頃には文芸誌を買って読むようになりました。大江健三郎さんにもハマりました。『見るまえに跳べ』とか『性的人間』とか、短篇集が面白かったんです。大江先生ファンだったので、小説家になってから一度お見かけした時は感激しました。
あとは高橋源一郎さん。デビューされた頃に熱狂して読みました。映画にも出られていましたよね。PARCOムービーの「ビリィ★ザ★キッドの新しい夜明け」。高橋さんの『さようなら、ギャングたち』や『ジョン・レノン対火星人』とかがまざった感じの作品でした。高橋さんには何度かお会いしたこともあって、思い切ってご挨拶もしたんです。何かの文学賞のパーティの二次会で目の前にいらしたので勇気をふりしぼって、「藤野です。小説を書いています」って言ったら「知ってるよ」って言われました(笑)。
それと、三浦哲郎さんがすごく好きになったんです。共通一次の試験問題に「鳥寄せ」という短篇が使われていたのがきっかけです。それが本当に素晴らしくて、昨日も読み返して感激して泣いていたんですけれど。完璧だなって思います。
――以前インタビューした時も「鳥寄せ」がお好きだとおっしゃっていたので、読んだんですよ。すごく切ない話で...。
藤野:私、「鳥寄せ」のことばかりあちこちで言ってますよね(笑)。切ないうえに、なんていうか、すごく抑えた感情が私にはぐっとくるんです。子供が主人公なのに感情が抑えられていて、でもほとばしっているところが見えると本当に悲しくて。
――村で育った十二歳の子が語り手なんですよね。
藤野:世話をしていた牛や豚がいなくなって、その子は親に問いただすんですけれど、「お金がないから売った」と言われるんですね。次の場面で、その子が空っぽになった家畜小屋の前で棒切れで地面に牛や豚の絵を描いていたらお父さんが来て、鳥寄せの笛を吹いてくれる。主人公はすごく悲しんでいるんですけれど、そこは描かない。「どうして売ったんだ」と詰め寄るような子供の話だったらちょっと違ったかなと思いました。昨日読み返して、その引き際というか、感情的なものが自分の感覚にすごく合うんだなと思ったんです。
――その後、父親は出稼ぎに行って、なかなか戻ってこないと思ったら...というお話で。
藤野:お父さん自身、感情を表に出すのが得意ではなくて悲しい結末を迎えます。それがなお切ないですよね。実は私が『夏の約束』で芥川賞をいただいた時の選考委員のおひとりが三浦哲郎さんだったんです。推してくださったのが三浦さんだったとうかがいました。三浦さんの影響を受けていたからだと思うんですけれど、「人間の感情の引き際がよかった」と言ってくださったので、とっても嬉しかったです。
――大学でサークルには入りましたか。
藤野:漫研でした。それと、学科の自主ゼミみたいなところで『資本論』を読んだりしていました。あと、政治学の勉強会にも入っていました。漫研では同人誌も作っていたのでつい漫画も描いていましたが、下手でした。
――漫画は、どんなストーリーのものを?
藤野:当時から「何も起きない話を描くね」と言われていました。何も変わりませんね(笑)。絵も描けないしお話も作れなかったんです。でも漫画は好きだったので、それで漫画雑誌の編集者になりたいなと思うようになった気がします。