作家の読書道 第253回: 高殿円さん

ドラマ化された『トッカン―特別国税徴収官―』、『上流階級 富久丸百貨店外商部』などの多くのヒットシリーズを持ち、大阪キャバレーを舞台にした『グランドシャトー』や実在したコスメ会社創業者をモデルにした『コスメの王様』など、幅広い切り口でエンタテインメント作品を世に送り出す高殿円さん。幼い頃から水を飲むように本を読んできたという高殿さんの読書スタイルとは? 小学校時代の父親の入院、高校時代のワープロとの出会い、大学時代の阪神大震災など、その時々の重要な出来事を交え、読書遍歴を語ってくださいました。

その1「自転車本屋さんの思い出」 (1/6)

  • うさこちゃんとうみ (ブルーナの絵本)
  • 『うさこちゃんとうみ (ブルーナの絵本)』
    ディック ブルーナ,ディック ブルーナ,Dick Bruna,石井 桃子
    福音館書店
    770円(税込)
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  • 黒い兄弟(上)
  • 『黒い兄弟(上)』
    リザ・テツナー,酒寄 進一
    あすなろ書房
    1,760円(税込)
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  • 新装版 翔ぶが如く (1) (文春文庫)
  • 『新装版 翔ぶが如く (1) (文春文庫)』
    遼太郎, 司馬
    文藝春秋
    693円(税込)
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  • ときめきトゥナイト 1 (集英社文庫(コミック版))
  • 『ときめきトゥナイト 1 (集英社文庫(コミック版))』
    池野 恋
    集英社
    803円(税込)
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  • トーマの心臓 (1) (小学館文庫 はA 3)
  • 『トーマの心臓 (1) (小学館文庫 はA 3)』
    萩尾 望都
    小学館
    743円(税込)
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――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

高殿:ディック・ブルーナの『うさこちゃんとうみ』ですね。たぶん1歳くらいの頃でしたが、母いわく、私はそれを何百回と読んでいたそうです。私も読んでいた記憶がありますし、絵本の色も憶えています。
 私は本さえ与えておけば大人しくしている子供だったそうです。本が好きというよりも、家に本があることも、読むことも、水を飲むのと同じように自然でした。
 一度「自転車本屋さん」というエッセイを書いたことがあります。播州の田舎に引っ越したら、近所に本屋さんがなかったんです。母が子供に本を与えたいと考える人で、いちばん近い町のおじさんがやっている小さな書店に本の配達を頼んで、週一回本を持ってきてもらっていたんです。祖母の六畳の部屋で、神棚の下に一人で座って本を読んでいた時のゆったりとした空気は今でも憶えています。

――引っ越される前はどちらにいらしたのですか。

高殿:生まれた時は神戸の東垂水でした。神戸の人ならわかると思いますが、うちは祖父も父も母も川崎重工に勤めていたんです。私が生まれ育ったのも川崎重工の社宅で、住人たちとは親戚のようにつきあいがありました。いろいろ作ってくれた手先の器用なおじさんがいたり、よく知らないおじさんのお葬式に行ったりしたこともありましたが、後で母に聞いたらみんな川崎重工の人たちだって。
 母は私が生まれた後に退職して、祖母を引き取ったんですね。祖母は着物を作る人で、その影響か母も手先が器用で、絵を描くのもうまかったんです。退職して書道の先生になるのが母の夢で、それでお教室を作れる広い土地を探して田舎の住宅街に引っ込んだと聞いています。当時はちょっと駅から遠くてもいいから新興住宅地の庭付きの一軒家に住む、みたいなものが流行っていたと思います。

――『うさこちゃんとうみ』のほかに、書店のおじさんはどんな本を持ってきてくれたのでしょう。

高殿:最初のうちは絵本だったと思いますが、途中でおじさんのレパートリーが尽きたのか、よくある「まんが日本の歴史」や、世界の名作や日本の昔話の全集に切り替わりました。今思うと、おじさんも毎週選ぶのが大変だったろうなと思います。
 母の書道教室は本当に生徒さんが多くて、最大で200人くらいいたんです。小さい子にとっては書道というよりお行儀教室なんですね。じっと座って先生を待つ、みたいなことを教えてくれるのが、たぶん、書道教室しかなかったんでしょうね。4歳くらいの子から中学生まで芋洗い式に毎日いろんな人が出入りしていました。家に入ったらすごく墨汁の匂いがするので、途中で増築して教室と自宅のドアを分けたんですよ。教室に入るドアを開けると、そこに私が読んでいた本がずらっと並んでいました。教室待ちをしている生徒がそこで本を借りて読んでいる。だから本は私だけのものじゃなかったんです。あそこで「まんが日本の歴史」を読んだ人はわりと多いんじゃないでしょうか(笑)。途中から私も自分で買った漫画などもその本棚にいれるようになって、我が家はミニ図書館のようでした。

――素晴らしい地域貢献。世界の名作全集などで憶えている作品はありますか。

高殿:「シートン動物記」が好きでした。「狼王ロボ」とか、最後はガス山で老いて死んでしまうクマの話とかが好きでした。あとは「アルプスの少女ハイジ」の原作とか。私の世代の子供の多くはアニメの「世界名作劇場」を見ていたと思いますが、アニメから入って原作を知ることも多かったです。「ロミオの青い空」の原作は『黒い兄弟』っていうんだな、とか。

――本の配達はおいくつの頃まで続いたのでしょう。

高殿:途中からは私が店に本を取りに行くようになったんですけれど、ある時母に「おじちゃん、ちょっと年で店を辞めるらしいから、これでおしまいよ」って言われたんですよね。それがいつだったのかな。確かとてもキリのいいところだった気がします。司馬遼太郎さんの本が終わった時だったかな。

――小学生で司馬遼太郎を読んでいたのですか。

高殿:途中から配達される本が、有名な作家さんの著作に切り替わったんですよね。司馬遼太郎さんの『翔ぶが如く』とか、あのあたりは全部読みました。うちはNHKの大河ドラマを絶対に見る家族だったので、それで司馬遼太郎さんの本を読むようになったのかな。
 話が前後しますが、幼稚園に通っていた頃にNHKで「三国志」の人形劇が始まったんです。幼心に森本レオさんの声がめちゃくちゃ格好いいなと思ったんですが、諸葛亮が自分の死を悟る最終回で、己の死もろとも司馬懿を策略にかけるところが印象的だったのですが、そこがクライマックス。あれ、もうこれで終わっちゃうの? このあと蜀はどうなったの?」って思ってしまって。もっと先を知りたくなったんですよね。小学校1年生の時に、ちょうど大河ドラマで「徳川家康」が始まり、家族で観ていたのを覚えています。それで母が「まんが日本の歴史」だけではなく、もっと深掘りできるものを頼んでくれたのだと。なので、低学年の頃から歴史ものは大好きでした。それと平行して「りぼん」に連載していた『ときめきトゥナイト』にもおおハマりしていました。

――読むのは速いほうだと思いますか。

高殿:読書体験とはちょっと違うのですが、私はたぶん難読症をもっています。ディスレクシアなんですね。なので普段からすごくたくさん本を読むかというとそうでもなくて。というのも、読み方が特殊なんです。
私、本を開くと真ん中の字から、らせん状に読んでいくタイプなんです。 画像で見て、それを頭の中で映像化して理解する、みたいな感じ。人の本でも自分の本でもそうです。私の本が映像化しやすいと言われるのは、文字をすべていったん頭の中で映像化するからかもしれません。それを毎回やっているとものすごく脳みそが疲れるので、1冊読み終えるとバーンアウトしちゃうんです。なので、一度にたくさん摂取できない。でも1回読むとほぼ内容は憶えてしまいます。

――ほぼ憶えているのはすごい。

高殿:難読症だからかわからないんですが、私、メモをとれないんですよ。授業でもノートがとれなくて、ひたすら怒られていましたし、自分でもコンプレックスでした。母が先生に「娘さんはどうしてノートをとらないんですか」と叱られていたことも憶えています。テストでも、ノートをとらずに憶えられるものしかいい点数をとれませんでした。
 今も、私、取材の時に一切メモをとらないんです。ひたすら全部見て聞いて憶えて、取材の間にすべて取捨選択をしています。
 文字として摂取することは結構ハードルが高くて、なのに昔から本を読んでいるなんて不思議ですよね。母が「あなたは小さい頃からずっと同じ本を読んでいた」と言うんですが、たぶん摂取するのに時間がかかったからだと思います。でも同じ本を何度も読むのは楽しいです。小さい頃から再読は好きです。

――一度読むとほぼ全部憶えてしまうけれど、再読するということですか。

高殿:何回も何回も読むと、また違う旨味があるんです。
 たとえば萩尾望都先生の『トーマの心臓』という漫画があるじゃないですか。小さい頃に読んだ時はあまりよく理解できなかったんです。でも信仰とか、ギムナジウムの文化を知ってからもう一回読んで、なるほどねと思いました。そこから、これがなぜ人気だったのだろうと思いながら読み返す段階や、私だったらどうするだろうなと思って読み直す段階がある。そうやっていろんな角度から切り込んでいって、何回も何回も楽しむんです。1回好きになったものは何回でも好きになれるタイプです。

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