第253回: 高殿円さん

作家の読書道 第253回: 高殿円さん

ドラマ化された『トッカン―特別国税徴収官―』、『上流階級 富久丸百貨店外商部』などの多くのヒットシリーズを持ち、大阪キャバレーを舞台にした『グランドシャトー』や実在したコスメ会社創業者をモデルにした『コスメの王様』など、幅広い切り口でエンタテインメント作品を世に送り出す高殿円さん。幼い頃から水を飲むように本を読んできたという高殿さんの読書スタイルとは? 小学校時代の父親の入院、高校時代のワープロとの出会い、大学時代の阪神大震災など、その時々の重要な出来事を交え、読書遍歴を語ってくださいました。

その5「旅と読書」 (5/6)

  • アクナーテン (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『アクナーテン (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ クリスティー,Christie,Agatha,妙子, 中村
    早川書房
    726円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 高慢と偏見 (中公文庫)
  • 『高慢と偏見 (中公文庫)』
    ジェイン・オースティン,大島 一彦
    中央公論新社
    1,210円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 嵐が丘 (新潮文庫)
  • 『嵐が丘 (新潮文庫)』
    エミリー・ブロンテ,友季子, 鴻巣
    新潮社
    990円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)
  • 『侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)』
    マーガレット アトウッド,Margaret Atwood,斎藤 英治
    早川書房
    1,320円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

――社会人になってからはどのような読書を?

高殿:うわべだけしか知らなかった横溝正史を読み返したり、昔読んでわからなかった川端康成の『伊豆の踊子』を読み返して、なんて男目線でえぐい話だなって気が付いたりしていましたね。
 その点、今でもパーフェクトな作家だと思っているのはアガサ・クリスティーです。あの時代、あの環境下で、女性としてあんな目線で多岐にわたって書けるのってすごいなと思う。私がいちばん好きなのは小説ではなく『アクナーテン』という戯曲です。エジプト王が出てくる、信仰の話ですね。歴史ものでもこんな完璧な作品が書けるんだと感動しました。で、クリスティーはたしか、高校生の頃に全集を見つけて読んで、それで戯曲も読んだんだったと思います。そこから深掘りして、クリスティーを研究している人の論文まで読んだりしていました。
 そういえばアガサ・クリスティー先生から入って、イギリスの古典小説にひたすらハマった時期がありました。有名な『高慢と偏見』も最初は映画をさらっと観ただけだったんですが、改めて文字で摂取すると、女子の一生ってそんなに結婚がすべてなのか、とか別の切り口が気になって。それでイギリスの階級制度を勉強したくなりました。『嵐が丘』も、文化的背景を知った上で再読すると、ヒースの丘がまた違った意味で受け取れますよね。そうすると、今度はヨーロッパの文化の根っこにあるキリスト教への探究心が生まれて、モーリアックなどフランスの古典文学沼にずぶずぶ入水しました。その後、文章を読むのに疲れたときはマイケル・フレインの戯曲集を読んで、またシカゴ大学の(早い頃からネットに公開していた)論文を読んだりして、気がつくと何か月も経って...みたいな。そういうことをしていると、その土地に行きたくなるんですよ。大学時代はアルバイトしたお金で放浪しました。行くと見えてくるものが全然違って、もう一回読みたくなる。小説を読み、歴史を勉強し、その土地に行き、またその小説を読む、ということがひたすら好きですね。宇宙に行けるようになったらきっとSFを読み返しますね(笑)。

――具体的にはどのような土地に行かれたのですか。

高殿:ヨーロッパはわりと行きました。あとはウズベキスタンとか。というのも、うちの父と母がスパイものが好きで、「007」を当たり前のように摂取する家だったんですよ。イアン・フレミングの原作があると知って読み、映画とは全然違うなと思いました。スパイが一番活動したのは東西冷戦の頃で、一番の敵がソビエトですよね。イギリスはロシア帝国とずっとグレート・ゲームという植民地戦争をやっていたじゃないですか。中央アジアのあたりでスパイ合戦でイギリスが負けたんですよね。それで、イギリスはあたりの土地にコンプレックスを持っている。じゃあなぜ負けたのか知りたいなと思い、一度ウズベキスタンのあたりを周遊したことがあります。スラムを再開発しているエリアに行き、どこの資本が入っているんだろうと気になって見て回ったらサウジ資本。なるほどロシアに対抗するためにイスラムを導入していると考えられなくもない。昔から行われててきたことですが、宗教というものの多様性を感じます。
 読書体験と旅体験って密接ですよね。人が一番はじめにする旅は読書なのかなとも思います。本の中で旅をして、そこから飛び出して実際の旅に行き、旅をしながらも本の中をなぞって、そしてまた本を読むという。

――小説を書く際、毎回取材をされるのですか。

高殿:私はタイプ的に記者で、取材がほぼすべてだと思っています。とにかく体験や情報を集めないと書けない。取材のための営業もまったく気になりません。それよりも好奇心を抑えられないです。なぜなら明日死ぬかもしれないから、恥ずかしいことは何もないので。
 今回のこのインタビューも、お話が来た時は、私は大して読んでないので恥ずかしいと思ったんですけれど、いやいや私は恥知らずでいいやと思って。たくさん読めないんだもん、しょうがないよって。それよりも、私のような変な作家がいてもいいかなって思ってくれる人がいるんじゃないかなって考えました。

――読書は読んでいる冊数ではないですから。一冊の本を丁寧に読んだり、何度も再読するほうが読みが深まっていいなあ、と思いながらお話をうかがっていました。

高殿:本当はもっとたくさん読みたいんですよ。でも読めない自分がもどかしいですね。手の届かない星にずっと手を伸ばしている感じがします。
でも本当に、1冊の本に没頭してしまうんですよね。前にマーガレット・アトウッドの『侍女の物語』を読んだ時に、これはアトウッドの歴史を把握してからじゃないと理解が深まらないと思ってトロント大学にアクセスして論文をずーっと読んで、気づいたら1か月終わってたんですよ。だから本を読み始めると、仕事にならないんです。映画やドラマもそうですね。この脚本家さんがすごいなと思ったら、その人の作品を全部観たいと思いますし。

――ああ、映像作品にもはまることがあるという。

高殿:たとえば、今、韓国ドラマでサイコサスペンスを勉強しているんです。食わず嫌いはよくないから、一回自分で書いてみようと思ったのがきっかけです。サイコサスペンスとして面白いのは韓国のドラマなので、テクニカルの部分を知るために観て、わからない部分は韓国人の友達に聞いたりしています。で、韓国のサイコスリラーはなぜこんなに突出しておもしろいのだろうと思って、今度は韓国の歴史や社会について勉強をしてしまうんですよね。まあ、まだ沼にはまりはじめたばかりなんですが。

» その6「新作ファンタジーと今後の予定」へ