第253回: 高殿円さん

作家の読書道 第253回: 高殿円さん

ドラマ化された『トッカン―特別国税徴収官―』、『上流階級 富久丸百貨店外商部』などの多くのヒットシリーズを持ち、大阪キャバレーを舞台にした『グランドシャトー』や実在したコスメ会社創業者をモデルにした『コスメの王様』など、幅広い切り口でエンタテインメント作品を世に送り出す高殿円さん。幼い頃から水を飲むように本を読んできたという高殿さんの読書スタイルとは? 小学校時代の父親の入院、高校時代のワープロとの出会い、大学時代の阪神大震災など、その時々の重要な出来事を交え、読書遍歴を語ってくださいました。

その2「あのシリーズにはまって進路を決める」 (2/6)

――小学校生活はいかがでしたか。

高殿:学校生活よりも書道教室のうるささみたいなものを憶えているんですよね。そちらのほうが私の人生の中で大きかったんだと思います。学校の図書室にもよく行っていましたが、本を読むのは当たり前のことだったので、特別な記憶はないというか。それよりも逆上がりができなくて、友達に見てもらいながらずっと練習をしたことなんかを憶えています。マンモス校だったので、とにかく人が多くて、そのなかに紛れていました。
 小学校での記憶といえば、私が5年生のときに父がくも膜下出血で倒れました。その頃は同居していた祖母の介護もあったので、母の負担が大きくなりました。
 当時の嵐のような家庭環境は、いまの自分のベースのひとつになっていると思います。父が倒れたのは豊岡のスキー場だったので、2年父の顔を見ませんでした。その間も母は働かないといけない。母が豊岡で父に張り付いている間は、私は近所の家に預けられて、とにかく肩身が狭く、どこにも居場所がなくて、放課後の校庭でずっと逆上がりの練習をしていました。
 父が倒れると母がこんなにも働かなくてはならないのかとか、父が明日死んだらどうなるかとか、ずっとそういうことと向き合うのが日常でした。その間も母の書道教室は稼働しなきゃいけない。助手の先生が来て、祖母をホームにいれて、お金はなくて、我が家はぐっちゃぐちゃなのに、生徒さんの数はいるのでもうかっていると妬まれたようです。よく頼んでもいない特上の寿司がいやがらせで届いて、商店街中にうちからの注文は受けないでくれと母と頭を下げにいきました。
 経済に対する恐れのようなものを意識し始めたのはこの頃ですね。家のお金のことをずっと気にしていました。よく「高殿さんの小説は数字をきっちり書きますね」と言われますが、ものの値段とか、何故人がリッチになったり貧乏になったりするのかということを丁寧に書くのは、この時期の家庭環境からきているのだと思います。

――あの、差し支えなければ、その後お父さんはどうされたのでしょう...。

高殿:めっちゃ元気です。首の骨も折ったし腰の骨も折ったし、大腿骨の骨を首に移植したし、頭蓋骨の3分の1がプラスチックなんですけれど、生きながらえました。父は胃がんもやっていて病気のデパートのような人なんですが、そういう人って何かあると即病院に行くせいか、今も元気です。左半身はちょっと不自由になってしまったんですけれど、その後も車で一人旅に行って、道の駅とかで温泉に入って、車の中で寝て、みたいなことをやっていました。今は団塊の世代の楽観的なおじいさんです。

――学校で、国語の授業が好きだったとか、そういうこともあまり記憶にない?

高殿:そうですね。あまり勉強ができるとかできないとかも意識しなかったですね。いい意味で田舎だったし、ぼんやりした子だったんです。自分に何ができて何ができないか意識したのは中学校に上がってからでしたね。

――中学時代はいかがでしたか。

高殿:中学は、成績が全部貼りだされる学校だったんです。1年生の時は成績がよかったんですが、早くに自覚する人たちはコツコツ勉強しはじめるから、次第に抜かれていきました。そうなった頃に、2年間会えずにいた父がようやく歩けるようになって帰ってきて、なんと、川崎重工に復職できたんですよ。
 会社に復帰できたのはよかったんですが、田舎から通うのが大変だったので、中学2年生の時に神戸に引っ越しました。そうしたら、神戸の学校は受験戦争がすごくて、みんな当たり前のように進学塾に通っていたんですね。バーンと成績が落ちたんですが、私はヘボい人間なので対抗しようと思わなかったんですよ。なんか、しんどいなと思っちゃったんです。その時たまたま、武庫川女子大学の付属高校が、専願の募集を始めたんです。私が受験戦争に戸惑っているとわかっていた先生が、「専願で受けなさい」って言ったんですよね。
 私は当時、『銀河英雄伝説』にハマっていたので、続きが読みたくて、勉強したくなかったんです。先ほども言いましたが再読が好きなので、本篇10巻を何度も再インストールする体制に入っていたんです。勉強なんて1日もしたくないと思ったんで、先生のその話に飛びつきました。「銀英伝」で人生が変わったとよく人に言っています(笑)。その頃はすごくSFが好きだったように思います。

――「銀英伝」にはまったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

高殿:小学生の頃、ひたすらアニメを流している「アニメだいすき!」という番組があったんです。その頃はガンダムなどロボットアニメの全盛期で、それを見ているうちにSFというものがあるんだなと知ったんですよ。『銀河英雄伝説』も確かアニメのほうを先に見た気がします。先が知りたくて原作に手を伸ばし、近所の書店になかったので隣町まで探しに行き...。手に入れるのに本当に苦労しました。

――では、高校に進んでからは。

高殿:「銀英伝」をたっぷり摂取したあと、SFという手つかずの原野があることに狂喜し、いろんなSFを読みましたね。「宇宙英雄ペリー・ローダン」シリーズなんて無限のように長いので本当にお世話になりましたし、「ダーティペア」シリーズも最初はアニメで見て、原作も好きでした。
高校に進学した後は、そのまま大学にも進めるので受験勉強の必要がないものですから、もう止まらないんですよ。数学の勉強などは捨てて、ひたすら自分の好きなことしかしない子になりました。図書館に住んでいました(笑)。古い全集など、もうあまり流通していない「禁帯出」の本がたくさんあったのでそれを読んでいました。
 初めの頃はそれで名作文学を読んでいたんですけれど、流行りのものも読みました。その頃にいちばん好きだったのは氷室冴子さんです。私の高校時代はコバルト文庫の全盛期で、書店にいくとたくさん並んでいるので手に取りました。氷室さんの『銀の海 金の大地』は日本史をこんなふうに解釈して物語を作れるのだ、ということにすごく感動しました。
 それと、ちょうど『反三国志』が翻訳されたんだったかな、森本レオの声で好きだった「三国志」に違う解釈があるのかっていうことで、狂喜乱舞して読みました。そこから中国文学にはまりました。それが高校3年生から大学にかけてですね。
 漫画は「りぼん」から「花とゆめ」に移行し、友達同士で貸し借りもして、とにかくたくさん読みました。私と年齢が変わらないのにデビューする人たちがいて、この年齢でお金を稼げるんだ、と感じたことを憶えています。だからか、高校のときからみっちりバイトをしていて、交通費も自分で払っていました。ほかはほぼ本や漫画に消えましたね。

――中国文学にはまったというのは。

高殿:漢詩です。韻を揃えるってこんなにきれいで、同じ内容でもこんなに印象が違うんだと思ってはまりました。大学1、2年の頃は大漢和辞典とともに過ごしました。

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