第253回: 高殿円さん

作家の読書道 第253回: 高殿円さん

ドラマ化された『トッカン―特別国税徴収官―』、『上流階級 富久丸百貨店外商部』などの多くのヒットシリーズを持ち、大阪キャバレーを舞台にした『グランドシャトー』や実在したコスメ会社創業者をモデルにした『コスメの王様』など、幅広い切り口でエンタテインメント作品を世に送り出す高殿円さん。幼い頃から水を飲むように本を読んできたという高殿さんの読書スタイルとは? 小学校時代の父親の入院、高校時代のワープロとの出会い、大学時代の阪神大震災など、その時々の重要な出来事を交え、読書遍歴を語ってくださいました。

その6「新作ファンタジーと今後の予定」 (6/6)

  • 剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎 (文春文庫)
  • 『剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎 (文春文庫)』
    高殿 円
    文藝春秋
    902円(税込)
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――新作の『忘らるる物語』は異世界ファンタジーですね。広大な国を統べる国の次期皇帝を選ぶために、候補の王たちのもとを巡らされる"皇后星"の環璃(ワリ)という女性が、触れただけで男を殺せる伝説の民の女性と出会う。2人の数奇な運命が描かれます。

高殿:最初は、ちょっとした脳トレのつもりだったんです。世界のニュースを見ていると、いろいろなことが進歩しているといえども、なぜこんなに性被害が減らないんだろうと思うんですよね。これは本当に、ずっとずっとずっと思っているんです。人間がいい感じに進歩しているなら、前時代の悪いことが淘汰されていいのに、性被害は全然減らない。いったいどんな世界だったら、性被害はなくなるんだろうと思って。
 自分の武器は小説なので、エンタメ小説の中で性被害のない世界をなんとか成立させられないかと思いました。こういう未来になれば、なにかいい世界になるということを証明したかった。絶望したくないから。この小説は、そのもがきの過程です。

――環璃がいろんな治世の国に行くので、いろんな権力構造や国のシステムを面白く読みました。こういう国だったらどうなるのか、と思考実験しながらひとつひとつの舞台を作られていったわけですか。

高殿:そうですね。最初はなぜ女性がこんなに性搾取されないといけないのかという怒りのもとに書き始めたんですが、それを考えるためには、支配の法則を明らかにしないといけないなと気づいたんです。男性が女性を支配することだけでなくて、人が人を支配するシステムを言語してつまびらかにしないといけないんだな、って。それがわかった時、私はやばい箱を開けてしまったと思いましたね(笑)。
 結局、人に搾取された人が、そのストレスを別の誰かにぶつけ、その誰かがまた違う人にストレスをぶつけ...と連鎖していく。そのストレスをなくすためにはどうしたらいいのかとなると、私の手に負える話ではないんですよ。ただ、解決策を提示するというより、私のように解決策を知りたい人にとって、少しでも扉を開ける手伝いができる本になればいいなと思いました。もちろん、ファンタジーなので異国見聞譚として楽しんでもらってもいいですし。私が一冊の本を何度も再読するように、10年後にもう一回読んでもらえたら嬉しいですし、私も10年後くらいに、自分の中でもこれを再構築する時が来るだろうと思っています。

――いま1日のサイクルはどのような状態でしょうか。

高殿:だいたい午前中に家のことをして、午後は執筆をして、一日のノルマである原稿用紙17枚を書いたら自由時間、という感じです。子供が高校生になり、昔みたいに保育園に送り迎えするということもなくなり、だいぶ自分の時間も増えました。それはちょっと寂しくもあるんですが、自分も新しいことをやってみようと思っているところです。

――17枚というのは、ご自身の経験からくる、ちょうどいい枚数なんですか。

高殿:最速の時と比べると半分になりましたね。調子が悪くてもとにかく前に進むという感じで書けるのが17枚くらいで、そのペースでいけば2か月で1冊分書ける計算なんですよね。2か月で1冊書いて1か月かけてブラッシュアップして、3か月に1冊出せるなら、執筆ペーストしてはそんなに遅くないはず。ただ、小説以外の仕事が入っている時は5~6枚でもいいと思っているので、実際は年間2冊くらいのペースですね。

――小説以外の仕事というのは。

高殿:私、これからは地方創生ってもっと盛り上がると思っているんですね。掘れると思っているんですよ。その一番のきっかけは、全然なにもなかった井伊谷が、NHKの大河ドラマで「おんな城主 直虎」が放送されたらものすごい都会になって、バスが増便されるなどして、みんなが幸せになったことですね。それがエンタメの力なんだと思いました。

――高殿さんも『剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎』という小説を出されていますよね。

高殿:私が井伊谷にいった時は、本当に何もなかったんです。その土地を宣伝したりする時って、絶対に物語の力が必要だと思うので、自分はそういう必要とされるところに行って物語を掘り起こしたいんです。そうやって人に喜んでもらえる仕事がしたい。
 今は伊豆に温泉が出る家を98万円で買って、神戸と行き来しながらコンクリートを打ったり壁を塗ったりしているんですが、そこは伊豆山の土石流があったところなんですね。小学校がずっと閉鎖になっていて、再開した時にボランティアに行って本を寄贈したらすごく喜んでくださったんです。私は2019年の館山の台風被害の時からずっと本の寄贈活動をしているんですが、行くとみんな本を必要としてくれるし、読んでくれる。でも、ただ本を寄贈するだけじゃなくて、そこにお金が集まるようにしたいんです。お金があれば図書館にしろ書店にしろ何かができる。何もないように見える地方の場所をちゃんと商品化するお手伝いをして関わっていきたい欲があります。それが小説以外の仕事になりますね。

――今後のご予定は。

高殿:「シャーリー・ホームズ」という、シャーロック・ホームズの登場人物が女性になったシリーズを書いておりまして、その新作がおそらく年末に出ます。コロナ禍の間取材に行けなかったので、ちょっとヨーロッパを放浪して取材をしてから書きます。
 その次に、人生初のサイコスリラーを書くことになりました。その連載が今年の末か来年から始まります。「上流階級」シリーズの新作も書かなくてはいけないし、あとはもう一度、「トッカン」シリーズとは別の切り口で税金を書きたいなと思っています。

(了)