第254回: 一色さゆりさん

作家の読書道 第254回: 一色さゆりさん

2015年に『神の値段』で『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞し、以来、美術とエンタメを掛け合わせた作品を発表してきた一色さゆりさん。芸大を卒業し、ギャラリーに勤務していた彼女は、どのような本を読み、なぜ美術ミステリーでデビューすることになったのか? 絵本や国内外の小説はもちろん、アート関連書など一色さんならではのお気に入り本も教えてくださいました。

その2「国内女性作家たちの小説」 (2/6)

  • おいしいコーヒーのいれ方 (1) キスまでの距離 (集英社文庫)
  • 『おいしいコーヒーのいれ方 (1) キスまでの距離 (集英社文庫)』
    村山 由佳,志田 正重
    集英社
    550円(税込)
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  • 星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)
  • 『星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)』
    村山 由佳
    文藝春秋
    825円(税込)
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――高校に進学してからは本を読みましたか。

一色:高校は厳しめの進学校で、大学受験のために詰め込み式の授業をする校風だったんですが、これがあんまり合わなくて。
 辛くなると本を読みたくなるというわけではないけれど、それで高校時代はすごく本を読みました。
 その高校でも気の合う本好きの友だちはいて、女性作家の本を回し読みするようになりました。当時だと村山由佳さんの『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズが私たちの間でものすごく人気で。ちょうど2003年に村山さんが『星々の舟』で直木賞を獲られたのでそれも読みました。
 他には林真理子さんは、働く女性の話が刺激的でした。たとえば、化粧品業界の話を書かれた『コスメティック』が印象的です。高校生の頃って、将来自分はどうなるんだろうって考えることが多かったので、小説の中に格好いい女性が出てくると、こういう生き方もあるんだなと夢が膨らんだり、その人がどういうふうにしてそうなったのか分析したりしていました。山本文緒さんは『恋愛中毒』や『プラナリア』が好きでした。山本さんの小説は他の作家さんと比べても、ズンとくるというか。どちらかというとブラックサイドを書かれるイメージがあって、そこが癖になりました。
 唯川恵さんの『肩ごしの恋人』は、「私たち高校生なのに不倫の話読んでます」みたいなノリで、みんなで回し読みしました(笑)。山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』などや、恩田陸さんとか、田辺聖子さんとか。田辺さんは『言い寄る』や『不機嫌な恋人』など、関西のスピリットが自分にぴったりと合いました。関西弁がたくさん出てくるのも心地よかった。
 あとはなんといっても江國香織さんです。私が小学生だった時に、幼馴染のお母さんから「この本、さゆりちゃんにすごく似た子が出てくるし、読んでみて」とプレゼントされたのが、『こうばしい日々』でした。男の子と女の子の話、二篇が入っていました。それが江國さんの作品との出合いでした。
 ただ、その時は小学生だったので、読んでもよくわからなかったんです。大人の小説だなというイメージでした。高校生の時にもう一回読んでみたら全然印象が違って、主人公に共感を持つことができたし、文体や言葉選びの端々に、他の小説家にはないものがあると感じました。小学生の時に「似ている」と言われたときは、「私のことを誤解してへんか?」と首を傾げたんですけれど、高校生になって読んでみると、ああ、私は早熟でませた子に思われていたんだろうな、ってわかりました(笑)。
 ちょうどその頃、本屋さんに大々的に『冷静と情熱のあいだ』が並んでいたんですよね。その光景はすごく憶えています。それも読んだけれども、やっぱりどっぷりハマったのは『落下する夕方』と『神様のボート』でした。この2冊はくり返し読みました。

――なぜそこまで没頭したのでしょう。

一色:『落下する夕方』は別れた恋人の新しい恋人が乗り込んできてなぜか同居が始まって、そうしたら別れた恋人までやってきて、という。なんていうか、読んでいるとこちらが情緒不安定になってくる。そんなに長篇でもないのに、読み手を引っ張る力が底知れなかった。『神様のボート』は母と娘の視点が切り替わっていく話で、これもなんというか思春期の女の子の琴線に触れるなにかがありました。逗子市が出てくるんですが、私は関西に住んでいるので行ったことがないんですよ。それでも、逗子の海岸で、スカートをはためかせながらお母さんが歩いていく描写をすごくお洒落に感じて、その世界観が好きでした。

――高校時代、絵画教室とか受験のための美術の予備校には通っていたのですか。

一色:両方を兼ねたところに通っていました。でも美術予備校とは違って、画塾という名前でしたし、受験以外の目的で通われている方も多いところでした。社会人の女性で、絵が好きだから通っているという方もいました。場所も先生の家で、畳何畳かの空間がふたつくらいあって、3人もいたら窮屈な部屋でしたし。

――ご自身は将来美術の道に進もうとは考えていなかったのですか。

一色:どうだったかな......。はっきり美術系大学に行きたいと意識したのは高校卒業間際でした。それまでは、大学受験からの逃避として画塾に通っていました。
 学校の先生や家族は、私は将来普通の大学に行って就職するものと思っていましたし、私もそうでした。デザイナーや絵描きなど、つくる側は絶対に無理だって。どうしてそう思ったかというと、画塾に大手の美術予備校のパンフレットがあったので見たら、合格者が入試で描いた絵の再現作品がたくさん載っていたんですよ。それがもう、びっくりするくらい上手くて。京都のしがない画塾に通っている私からすると、ありえない上手さで、つくる側を目指すという道は早々に諦めました。
 でも美大芸大への憧れはちょっとだけあったんですよね。ある時たまたま書店で美大受験の過去問を開いたら、つくる立場だけでなく、つくる人たちをサポートする立場になるための学科があると知ったんです。調べてみると、どうやら学芸員になったり美術史研究をする人のための学科で、私はここに行きたいと即決しました。

――受験科目って他の大学とはまた違ったりするのでしょうか。

一色:そうですね。英語は美術に関する文章を和訳する設問が出たりしますし、世界史や日本史も美術史に特化した問題が出ますね。実技に代わるものとして小論文があるんですけれど、それは作品やその画像をしばらく鑑賞して、造形的特質を原稿用紙に何枚も書く、などというような内容でした。それでやはり、特殊な勉強をしなくてはいけなかったです。なので、現役では無理で、世界史の教科書を買い直すくらいからはじめて、一年間名古屋の美術予備校に長距離バスで毎週通いながら、猛勉強し直しました。

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