第254回: 一色さゆりさん

作家の読書道 第254回: 一色さゆりさん

2015年に『神の値段』で『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞し、以来、美術とエンタメを掛け合わせた作品を発表してきた一色さゆりさん。芸大を卒業し、ギャラリーに勤務していた彼女は、どのような本を読み、なぜ美術ミステリーでデビューすることになったのか? 絵本や国内外の小説はもちろん、アート関連書など一色さんならではのお気に入り本も教えてくださいました。

その6「美術×エンタメを書く」 (6/6)

  • ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ 美穂,岩澤 雅利
    早川書房
    880円(税込)
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  • 歩道橋の魔術師 (河出文庫)
  • 『歩道橋の魔術師 (河出文庫)』
    呉明益,天野健太郎
    河出書房新社
    1,078円(税込)
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  • 青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫)
  • 『青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫)』
    五木 寛之
    講談社
    1,056円(税込)
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――デビュー後の読書生活は。

一色:デビュー後の読書は海外のミステリーが多いかもしれません。今ぱっと浮かんだのは、『ミレニアム』のシリーズとか。あのシリーズは「自分もこういう話が書けたら、どれだけ楽しいだろう」と羨ましくなりながら、夢中になって読みました。
 ミステリーもそれ以外も含め、人から「これ面白いよ」と言われたものはなるべく読むようにしています。特に海外のものは、アジア圏出身の方の作品をよく読みますね。ケン・リュウさんのSFもそうでだし、呉明益さんの『歩道橋の魔術師』なんかもものすごく面白かったです。
 それとは別に、デビュー後のものすごく濃厚な読書体験だったのが、五木寛之さんの『青春の門』です。これは第一部から最新刊まで、数ヵ月で一気に読んだんです。しかも1巻1巻が分厚いんですよね。
 担当してくださっている編集者さんがたまたま五木先生の担当でもある方で、話しているとよく五木先生の話が出てくるんですよ。それと、イツキとイッシキは五十音順にすると近いので(笑)、短編を文芸誌に掲載させてもらった時に五木先生と名前が並んでいて、親がすごく誇らしげで(笑)。そうしたこともあり、五木先生の本ってどんなものがあるんだろうと読んでみたんです。もう夢中になりました。五木先生の文章はエンタメ小説のお手本のような気がして、「海を見ていたジョニー」という短篇小説を全文書き写したりもしました。

――専業になられてからの、一日のサイクルはどのようになっていますか。

一色:今は1歳児の子供がいるのでバタバタですが、毎日焦らずコンスタントに書くようにしています。コロナ禍になってからすごく変わった気がします。それまでは、実際に経験したり、旅行したり、人と話をしたりすることが、書くために大切だと思い込んでいたんです。コロナ禍になってそれが無理になって、想像で書くしかない部分が出てきた時、意外とできると気づきました。だったら腰を据えて執筆をたんたんと進めることが今の自分には大切なんじゃないかと思うようになりました。

――新作の『カンヴァスの恋人たち』は、コロナ禍になってから書き始めたものでしょうか。

一色:ちょうど依頼をいただいた頃に、緊急事態宣言が始まった感じですね。

――地方都市の美術館に勤務する学芸員の史絵は、地元に暮らす80歳の女性画家、ヨシダカヲルの展覧会を担当することになる。ヨシダカヲルは戦後注目を浴びていたのに、表舞台から消えた過去があり...という。史絵自身の職場の人間関係や仕事、将来に対する悩みも丁寧に描かれます。

一色:これは「美術館のお仕事小説を書いてほしい」という依頼だったんです。
 でも書き始めてみると、「これ、私、楽しんで書けるかな」って思うようになって。今の自分はもっと、じっくり考えこむようなものが書きたい気がしたんです。考えてみると美術館って女性が多い職場でもあるので、ならば女性が働くことをテーマにしようかなと思いました。ご依頼くださった編集者さんも主人公の史恵と同じ年くらいの女性だったので、「いいですね」と言ってくださって。

――美術館のお仕事がよくわかりますね。どのように企画を進めるのかとか、画家とこんなふうに関係を深めていくのかとか。嫌な同僚もいますし。最初は「なんでタイトルに"恋人たち"ってあるんだろう?」って思ったんですが、最後まで読んで納得しました(笑)。謎はあるけれど、これはミステリーではないですよね。今後いろんな分野のものを書いていかれるのかな、と思いましたが。

一色:そうですね。ただ、どんなテーマやジャンルであっても、人を楽しませるという意味でのエンタメに徹したい、という気持ちが強いです。
 それこそ、奥田英朗さんの『最悪』のような、もう読み始めたら止まらない、巧みな小説を書きたいです。

――奥田さんの『最悪』とか『邪魔』とか最高ですよね。

一色:すごいなと思います。桐野夏生さんの『燕は戻ってこない』や『夜の谷を行く』のような、じわじわと追い詰められていくようなサスペンスも、もっと挑戦していきたいという憧れがすごくあります。

――今後のご予定を教えてください。

一色:今は美術が題材ではないものを書いています。これは年内に何らかの形で出せたらいいなと思っています。大正から昭和にかけて、日本ではじめて理髪師になった聾者が主人公です。耳の聞こえないその人の人生を現代の視点から追っていく、という話です。

(了)