作家の読書道 第259回: 多崎礼さん

数々のファンタジー作品で人気を集め、今年は全五巻のファンタジー大作『レーエンデ物語』(現在第三巻まで刊行)が大変な話題となっている多崎礼さん。幼い頃に指針をくれた作品、ツールを与えてくれた小説、はまりまくった作家やシリーズ……。ファンタジーよりもSFに多く触れてきたという意外な事実も。多崎さんの源泉が見えてくるお話、ぜひ。

その1「夢中になった冒険小説」 (1/6)

  • いないいないばあ (松谷みよ子 あかちゃんの本)
  • 『いないいないばあ (松谷みよ子 あかちゃんの本)』
    松谷 みよ子,瀬川 康男
    童心社
    650円(税込)
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  • 少年探偵ブラウン(1) (偕成社文庫2035)
  • 『少年探偵ブラウン(1) (偕成社文庫2035)』
    ドナルド=ソボル,桜井 誠,Donald Sobol,花輪 莞爾
    偕成社
    880円(税込)
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  • 十五少年漂流記 (講談社青い鳥文庫)
  • 『十五少年漂流記 (講談社青い鳥文庫)』
    ジュール ベルヌ,金 斗鉉,Jules Verne,那須 辰造
    講談社
    814円(税込)
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  • オズの魔法使い (角川文庫)
  • 『オズの魔法使い (角川文庫)』
    ライマン・フランク・ボーム,柴田 元幸
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    523円(税込)
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  • 幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)
  • 『幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)』
    オスカー ワイルド,西村 孝次
    新潮社
    649円(税込)
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  • 小公女 (新潮文庫)
  • 『小公女 (新潮文庫)』
    フランシス・ホジソン バーネット,Burnett,Frances Hodgson,和代, 畔柳
    新潮社
    693円(税込)
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  • 若草物語 (角川文庫)
  • 『若草物語 (角川文庫)』
    L・M・オルコット,朝倉 めぐみ,吉田 勝江
    KADOKAWA
    836円(税込)
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  • 赤毛のアン (文春文庫)
  • 『赤毛のアン (文春文庫)』
    Montgomery,L.M.,モンゴメリ,L.M.,侑子, 松本
    文藝春秋
    858円(税込)
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――いちばん古い読書の記憶から教えてください。

多崎:振り返ってみると、就学したかしないくらいの時に祖母の家にあった大人向けの人体図鑑だったと思うんですよね。別に医者関係の家ではなかったのに、消化器系とか神経、動脈と静脈、骨格などの図版がたくさん載っている図鑑がなぜかあったんですよ。わりと難しい感じの本だったんですけど、カラーの図版を珍しく思ったのかもしれません。
他に祖母が買ってくれた松谷みよ子さんの『いないいないばあ』といった絵本もあったんです。でも祖母の家に行くと絵本よりもその人体図鑑を見ていました。ただ、骨格の図版が載ったページは怖くて、次のページにそれがくるんじゃないかと思って2ページ一緒にめくったりしてました。

――血管の絵は怖くないのに、骨は怖かったという。

多崎:たぶん、テレビで放送している「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる"がしゃどくろ"とか、お化け屋敷に行って骸骨が踊っていたりのを見てすごく怖かったので、そのイメージがあったんだと思います。すごくビビリだったんです。

――小学生時代はどんな感じだったのでしょう。

多崎:私はちょっとぼんやりした子供で、文字は読めても物語を読むということができなかったんですね。車で巡回する移動図書館みたいなものがあってリクエストすると本を持ってきてくれたんですが、そこでも結構図鑑を借りていました。高山植物の本や野の花の本、雑草の本などを借りては読んでいました。
ただ、姉が子供の頃からよく本を読んでいて、「これは面白いから」と言って私にも薦めてくれるんです。それで読んだのが、『少年探偵ブラウン』のシリーズでした。謎があって解答編があるような短い話がたくさん載っているんです。それは私にも読めました。

――謎解きを楽しんだのですか。

多崎:それがですね。読むのに一生懸命で謎解きはできなかったんですよ。謎解きよりも、ブラウンの友達が食べているアメリカンチェリーが美味しそうだなとか、そのチェリーが入っている丸めた英字新聞が格好いいなとか、そんな感じで(笑)。そこで謎解きに食いついていればミステリ作家になれたかもしれません(笑)。

――お姉さんとは年が離れているのですか。

多崎:いえ、ひとつ上です。姉はすごく賢くて、私が喋らなくても姉が全部言ってくれるので、それで私は大人しい子になったのかもしれません。同じようなものを食べて同じようなものを着せられて同じようなところに連れていかれていましたから、お姉ちゃんに任せておけば安心で、喋る必要がなかったのかな、って。

――振り返ってみて、本が好きだった子供だったと思いますか。

多崎:全然。姉がものすごく本好きだったせいか、自分は全然本を読まない子だというイメージがあります。でも、たいがい姉が薦めてくれるものは面白かったので、ちょっと難しいかなと思いながらも読んでいました。
転機になったのは、小学校3年生の時にあった学級文庫です。先生が持ってきた本をロッカーに置いておいてくれて、休み時間に自由に読んでよかったんですが、そのなかにジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』がありました。それを読んだ時に、殴られたくらいの衝撃を受けました。こんなに面白いものがあったんだ!って。学級文庫の本はみんなのものなのに、私はそれを休み時間に読んで授業中は机の中に入れ、また休み時間に読んで、読み終わったら最初に戻って読み返して、専有化していました。ほぼ1年間、私が持っていたんじゃないかな。何度も繰り返して読んで、うさぎが美味しそうだなとかダチョウに乗ってみたいなとか、アザラシの脂って臭いんだなとか、もう全部憶えるくらい読みました。それが読書体験の一番最初の核になったんじゃないかなと思います。冒険的なワクワクする話、自分がいる現実とは違う世界の話への憧れがそこで培われたと思います。ジュール・ヴェルヌは他の本も読みましたが、『十五少年漂流記』を超えるものはなくて、これがいちばん好きでした。物語が読めるようになる前から空想癖があったので、だからはまったのかなとも思います。

――あ、ぼんやりした子供だったとおっしゃいましたが、傍から見たらぼーっとしているように見えても、ご本人の頭の中ではわーっと空想が広がってるタイプでしたか。

多崎:そんな感じです。放っておくと何時間でもぼーっとしている子だったらしいんですよ。それでよく母に「幼稚園に遅れるから早く靴下はきなさい」などと怒られていました。時間という概念がなくて、何時までに幼稚園に行かないといけないとか分かっていなかったから、「急ぎなさい」と言われても意味が分からなかったんですよね。幼稚園でも先生に「早くお弁当食べなさい」などとよく言われていました。

――では、外で活発に遊んだりとかは。

多崎:わりと外でも遊んでいました。引っ込み思案で人見知りな子供でしたが、集合住宅住まいだったので周囲に同世代の子供も多くて。でも私はすごく背が低かったので、鬼ごっことかは、一度鬼になると永遠に鬼のままだったりするのであまり好きではなかったです。それよりも、異世界探検ごっことかをしていました。それこそ『十五少年漂流記』の影響なんですけれど、段ボールをいかだに見立てて、みんなでそれに乗って航海したりして。「島が見えた」とか言って、砂場を砂漠に見立てて「ここに家を築くんだ」とか言っていました。

――学校の国語の授業は好きでしたか。

多崎:授業はおしなべて嫌いでした。ぼーっとしていて、わりとついていけなくて、ちょっと出来の悪い子だったと思います。小学生の頃は文章を書くのも好きではなかったですね。語彙がなくて、自分の感情をうまく言葉にできなかった。言葉にできないからすぐに泣くって言われていました。本当にすぐ泣いていました。怒っても泣くし、悲しくても泣くし。

――読書体験は『十五少年漂流記』をきっかけに広がりましたか。

多崎:父が読書家だったんですが、すごく偏見のある読書家だったんです。「もっと本を読みなさい」と言って、お小遣いとは別に本を買うためのお金もくれたんですが、あまりに子供向けの本を買うと怒られるので、偕成社などから出ている世界や日本の民話とか、伝説の本を選んでいました。あとはグリム童話とか。やはり現実の話とは違う、空想的な話が大好きでした。外国の話はもうそれだけで未知の世界でしたから、外国の民話は本当に好きでした。
家には、いとこが送ってくれた子供向けの世界の名作全集のような本もありました。でもえり好みして半分くらいしか読まなかった。『オズの魔法使い』とか『幸せな王子』あたりは読みましたが、ちょっと難しそうで現実っぽい話は、題名も憶えていないですね。母は『小公女』や『若草物語』、『赤毛のアン』あたりを薦めてくるんですが、1回読んだらもういい、という感じでした。そうした話は自分にとってはワクワクが足りないんです。もうちょっと波乱万丈がいいんですよね。現実世界とは違う冒険があって、でも、つらくない話が好きという。

――では、その後、夢中になった本といいますと。

多崎:いつの頃か忘れてしまったんですけれど、エドモンド・ハミルトンの『キャプテン・フューチャー』シリーズがNHKでアニメになったことがあったんです。うちは漫画もアニメも禁止だったんですけれど、NHKのものならOKだったんですよ。それで『キャプテン・フューチャー』のアニメを見たらあまりにも面白くて、姉と「原作があるらしいから読みたいよね」となり、親にねだって町の本屋さんまで連れていってもらって、ハヤカワ文庫から当時、出ていた原作のシリーズを買いました。ルビが振っていないので読めない箇所もあったんですが、アニメで絵が頭に入っているのでだいたい分かるんですよね。それで姉とはまりまくって、全巻揃えたくなったんですが、当時はamazonもないし、近くの本屋にはちょっとしか棚がなくて。大きな町に出掛ける時は必ず本屋に入ってハヤカワ文庫の棚を見て、シリーズのうちのまだ持っていない巻がないかを探すのが二人のルーティンになりました。
一度、神保町に行くことがあって、その時に大きな書店に寄ったんです。今思えば三省堂書店でした。そこのハヤカワ文庫の棚の前に立ったら、全巻揃っていたんです。でもお小遣いがないから3冊しか買えなくて、「さあどれを買うか」と姉と吟味して買ったおぼえがあります。姉は読むのが速いので、私がちまちま1冊読んでいる間に他の2冊を読み終えて、「早く読め」ってせかされました。しかも私がまだ読んでいないのに、「この巻のここがすごく面白くてね」ってネタバレを言うんですよ(笑)。それで一生懸命急いで読んだ思い出があります。

――なぜそこまで好きだったのでしょう。

多崎:それこそ私が求めていた、見たことのない世界での冒険があったんですよね。それと、悪い奴と戦うところが、子供心に響いたんでしょうね。
読書に関しては偏食みたいなところがあって、子供時代はいわゆる文学系のものは本当に全然読まなかったですね。たぶん、ちょっと、反骨精神的なものがありました。小学校4年から5年に学年が上がるタイミングで引っ越しをしたんですけれど、その際、それまで集めてきた民話系の本や、姉と一生懸命集めた『キャプテン・フューチャー』のシリーズを、父が「こんなのくだらないから」と言って、全部捨てたんですよ。

――ええっ。『十五少年漂流記』を繰り返し読まれていたように、捨てられた本も繰り返し読んできた本だったのでは。

多崎:そうなんです。擦り切れるくらい繰り返し読んでいたし、好きなページがすぐ見られるように栞を挟んだりしていたんですよね。それを全部捨てられて、この時点で私のワクワクの世界は一度ジ・エンドになりました。うちでは父が否定するものはもう絶対に駄目で、読んじゃいけないものになってしまうんです。

――辛い。トラウマになりそう。

多崎:本当にそれがトラウマになって、父が「もっとまともな本を読め」と言って薦めてくる本が読めなくなりました。そもそも強制されて読むものって面白いと思えなくなるじゃないですか。それよりも禁じられた本に対する夢のほうが膨らんでしまって、本当にあれは辛かったですね。
引っ越した先の近所に図書館はなかったんですが、そこでも巡回図書館があったので、性懲りもなく民話の本などは借りて読んでいました。小学校の高学年になると、それまで苦手だったちょっと怖いものも読むようになりました。

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