第259回: 多崎礼さん

作家の読書道 第259回: 多崎礼さん

数々のファンタジー作品で人気を集め、今年は全五巻のファンタジー大作『レーエンデ物語』(現在第三巻まで刊行)が大変な話題となっている多崎礼さん。幼い頃に指針をくれた作品、ツールを与えてくれた小説、はまりまくった作家やシリーズ……。ファンタジーよりもSFに多く触れてきたという意外な事実も。多崎さんの源泉が見えてくるお話、ぜひ。

その4「自分が好きなものを書きたい」 (4/6)

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――卒業後はどうされたのですか。

多崎:広告代理店に入ったんですが、1年半くらいで辞めることになります。本当に忙しくて、家に帰るのに終電に乘れたらマシで、いつも深夜でした。なので小説を書くどころか考えている暇もないんですよね。このままでいったら私は壊れるなと思い、辞めようと思いました。その時です。はじめて真剣に小説家になろうと思ったのは。
23歳くらいの時だったのかな。バブルもはじけて新卒ですら雇ってもらえない状況でしたから、職歴があるわけじゃない自分がしばらく休職してどこかに再就職しようとしても、絶対に無理だって分かっていたんです。それに、自分がまたああいう組織に入っても同じことになるんじゃないかという恐怖がありました。中学生時代のブラスバンドの話じゃないですけれど、自分一人でできるものがしたいと思うようになり、じゃあなにができるのかと考えた時に、「よし、小説を頑張ろう」って。大学時代に投稿したことはあったんですがそれは運試しみたいな気持ちで、小説家になりたいと真剣に思っていたわけじゃなかったんですね。ちゃんと小説家になろうと思ったのはこの時がはじめてでした。
そこから投稿生活を17年間、延々と続けました。年に3回くらい応募して、当たっては砕けていました。過去の大賞受賞作を読んで自分に合いそうな賞に送ってはいましたが、傾向と対策はあまり考えず、自分の好きなものしか書いていなかったです。小説教室みたいなものがあることも知っていましたが、妙に意地っ張りなところがあって通いませんでした。いよいよ駄目だったら駈け込もうみたいな感じでした。教室に行って「こういうものを書いたらいいよ」と言われるのが嫌だったんですよね。わがままかもしれませんが、好きなものを書かなければ意味がないじゃないって気持ちがありました。今もそんな感じですけれど。

――好きなものというと、やっぱりSF的なものですか。

多崎:SF的なものが多かったですね。現代ものをベースにしていてもどこかにSF要素、近未来的な要素が入っているものが多かったと思います。
たぶん、いちばん数として多いのは、「X-ファイル」みたいな話というか。超常現象、たとえばどう考えても人間が起こせないような殺人事件があった時に、それを分類し保管するか抹消するのか決めている組織があって、その組織で働く人たちの物語を考えるのが好きで、しばらくその設定で書いていました。高校時代に書き上げた宝石の話もそうなんですけれど、わりと未知のテクノロジーみたいなものがあり、陰謀があってそれと戦う、みたいな話が多かったと思います。今思うとそれをライトノベルの賞に応募するのはどうなのかという。

――多崎さんといえばファンタジーですが、その頃ファンタジーは書いていなかったという。

多崎:当時は、見事なくらいファンタジーを読んでいなかったですよね...。実は、ファンタジーがあまり得意ではなかったんです。たとえば、なにかの魔法を使うためのエネルギーって、どこからくるんだろうって考えちゃうんですよ。この世の中の話である限りは絶対にエネルギー保存の法則が成り立たないといけないので、魔法を使うのってハイカロリーなはずだから、お腹がすごく減ったりしないのかな、ダイエットになるんじゃないかな、などと考えてしまう。ドラゴンが空を飛んでいるけれど、あれは航空力学的に無理だよな、とか。翼の大きさに対し質量がありすぎて絶対に飛べないだろうから、お腹の中に反重力作用のある石でも入っているのかなとか。火を吐くけれど、あれはどうなっているんだろう、奥歯が火打石のようになっていて体内で分泌した油を噴射して火をつけているのだとしたら、油の揮発性が相当高くないといけないし、引火したらキミ大爆発するぞ、とか考えちゃって(笑)。
もちろんドラゴンが空を飛んだっていいんですよ。そういうものが好きな人はたくさんいるし、ゲームだったら私もシステムとして素直に楽しめるんですけれど、小説となると、細かいところが引っかかってしまっていました。

――ファンタジーもいろいろですからね。たとえば上橋菜穂子さんのファンタジーとかだったら...。

多崎:上橋菜穂子さんは大好きです。上橋さんの本を読むようになったのは大人になってからですが、とても納得のいくファンタジーだったので夢中になりました。『精霊の守り人』シリーズも新刊を楽しみにしていました。その頃は本屋勤めだったので、児童書担当に「新刊が出るなら教えて」と頼んでおいて、「来月出るよ」と聞けば「1冊予約で!」という感じで。

――ああ、投稿生活を続けながらいろいろなお仕事もされていたんですよね。

多崎:いろんなアルバイトをしましたが、本にまつわるものが多かったですね。古本屋だったり、図書館だったり。でもいちばん長かったのは書店で、11年くらいいました。その途中でデビューしているんです。

――書店ではどの棚の担当だったのですか。

多崎:ゲームの攻略本とコミック担当でした。自分はあまりゲームをするほうではなかったんですが、人気のある攻略本は休み時間にパラパラとめくったりはしていました。
それと、やはり小説家になりたいと思っていたので、今流行っているものを知るためにコミックも、売れているもの、話題になっているものはとりあえず全部目を通そうとしていました。

――面白かったコミックって何ですか。

多崎:私はスクウェア・エニックスを担当していたんですけれど、『鋼の錬金術師』の第一巻が出た時に「これは絶対に面白い」と思いました。案の定売れたので「やっぱりな」と。あれは、等価交換という考え方にすごく納得がいきました。それと、少年画報社も担当していて、『HELLSING』が出た時に、これも「絶対に面白い」と思いましたね。

――その頃読んだ小説では何が面白かったですか。

多崎:いろいろありますが、引間徹さんの『塔の条件』は印象に残っています。父親に好きだった本をけなされたトラウマなのか、投稿を続けながらも自分が書いているものは幼稚なものだという意識がどっかしらにあったんですよね。でも『塔の条件』を読んで、他人に何を言われても、自分が信じた塔を建てていいんだと思えました。
他は、だいたい私が読んで感銘を受ける小説は、姉が情報元であることが多いんですよ。姉は大学卒業後図書館員になったので、やっぱり本に対する嗅覚がすごくて。私の癖も分かっているので大人になってからも姉が教えてくれていました。
なのでこれも姉がきっかけなんですが、「宮部みゆきさんは絶対に面白いから読んで」と言って、『火車』を渡されたんです。「ただし、翌日休みの日に読まないと後悔するよ。やめられないから」と言われたんですが、本当に面白くてやめられなくて徹夜しました。私は結構作家買いするので、そこから宮部さんの本は当時出ているもの全部読んだと思います。今でも大好きで、お手本だと思っています。
宮部さんの本を読んでいると、ページをめくっているという意識が飛ぶんですよね。それが正しい読書だろうと思うので、自分もかくありたいですね。

――お手本として、どういうことを意識していますか。

多崎:文体のリズムはすごくあるかなと思うんです。宮部さんの文章は引っかかるところがないんですよ。宮部さんと私はもう全然文体は違うんですけれど、私もわりとリズムを大切にします。書いていて、リズムをよくするために「ここであと2文字ほしい」などと考えることが多々あります。それで「それ」とか「あの」とかを使いすぎて、後から消すことになるんですけれど。

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