第259回: 多崎礼さん

作家の読書道 第259回: 多崎礼さん

数々のファンタジー作品で人気を集め、今年は全五巻のファンタジー大作『レーエンデ物語』(現在第三巻まで刊行)が大変な話題となっている多崎礼さん。幼い頃に指針をくれた作品、ツールを与えてくれた小説、はまりまくった作家やシリーズ……。ファンタジーよりもSFに多く触れてきたという意外な事実も。多崎さんの源泉が見えてくるお話、ぜひ。

その6「話題の新作ファンタジー」 (6/6)

  • ダレン・シャン 1 (小学館ファンタジー文庫)
  • 『ダレン・シャン 1 (小学館ファンタジー文庫)』
    ダレン・シャン,田口 智子,橋本 恵
    小学館
    726円(税込)
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  • デルトラ・クエスト (1) 沈黙の森 (フォア文庫)
  • 『デルトラ・クエスト (1) 沈黙の森 (フォア文庫)』
    エミリー・ロッダ,吉成曜,吉成鋼,岡田好惠
    岩崎書店
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  • 魔術師のおい ナルニア国物語 1 (古典新訳文庫)
  • 『魔術師のおい ナルニア国物語 1 (古典新訳文庫)』
    C・S・ルイス,土屋 京子
    光文社
    748円(税込)
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  • 夢の上-夜を統べる王と六つの輝晶1 (中公文庫)
  • 『夢の上-夜を統べる王と六つの輝晶1 (中公文庫)』
    多崎 礼
    中央公論新社
    858円(税込)
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――その後の読書生活はいかがですか。意識的にファンタジー作品を読んだりはされたのですか。

多崎:もとから上橋菜穂子さんは当然読んでいましたし、大人になってから「ハリー・ポッター」シリーズも全巻読み、児童書に戻って『ダレン・シャン』シリーズや『デルトラ・クエスト』や『ナルニア国物語』も読みました。ファンタジーとはなんぞやを学ぶ気持ちで。
ちょっと惜しいと感じたのが、やはり子供の時に読んでおきたかったと思うファンタジーが多いんですよね。子供も読めるマイルドなファンタジーだけじゃなく、大人が読んでも楽しいファンタジーがもっと増えればいいなと思います。
相変わらず、好きな小説は繰り返して読みます。全部を読み返さなくても、好きなシーンだけ読み返したくて本を引っ張り出したりしています。あとはやっぱり、人気の本は、どこが面白いのか読んでみたくなります。映画やドラマを観て面白かった時も、原作はどうだったんだろうと気になって読んだりもしますね。

――やはり映画など映像作品もお好きですか。

多崎:映画はよく観ます。本屋で働いている時は、水曜日だけ5時上がりにしてもらって、近くのシネコンの7時くらいの回の映画を観て帰っていました。こんなものを映画にしていいのかという駄作から、しばらく感動して座席から立てなくなるような作品まで観て、映画もピンキリだなって思っていました。

――どういう映画がお好きですか。好きな監督とかは。

多崎:映画館で観なきゃいけない映画ってあると思うんですよ。絵に迫力があったり、動きが素晴らしかったりして、自分が見たことのない世界を見せてくれる映画というのは大画面で観たいんですよね。だからやっぱり、SFなどは映画館で観たい。マーベル・ユニバース系の映画も必ず映画館で観たいですね。
好きな監督でいうと、クリストファー・ノーランは2作目の「メメント」ではまりました。実はリドリー・スコット監督も好き。ナイト・シャマラン監督も話の作り方がうまいですよね。いつも大逆転がいつ来るのかドキドキします。来るぞ来るぞと思っていると来なくて、「あ、来ないんだ」と気を許したとたんに来るっていう。ホラーは苦手なので、もう、本当に怖いです。あとは役者さんで観てたかな。

――誰ですか。

多崎:ホアキン・フェニックスですね。彼がコモドゥス帝を演じていた「グラディエーター」がすごく好きでした。主人公側ではなく、主人公を苦しめる悪役側なのにものすごく感情移入して、彼がかわいそうで泣くというひねくれた見方をしていました。すごく悪い奴ですけれど、父親の愛情がほしくてほしくて、それで狂ってしまったキャラなんだよなと思うと、いくらでも空想が膨らむというか。「ジョーカー」でブレイクしましたけれど、サイコパスから普通のおじさんまで、なんでもできる俳優ですよね。ナポレオン役で主演した「ナポレオン」が公開されたところなので、観に行かなきゃと思っています。
エイドリアン・ブロディも好きでした。あの人もサイコパスから気の弱いお兄ちゃん、イケメンなジゴロまでなんでもできるのがすごいなと思っています。

――1日のルーティンは決まっていますか。

多崎:私は書く時間より考える時間が割と長いんですね。資料を読み込んだりいろんな設定を考えている期間が長くて、そこから2か月くらいの間に集中して書きます。その2か月間は完璧な夜行性になります。夕食を食べて、片づけをして、お風呂入ったりして、夜の12時くらいから書き始め、朝の6時くらいに洗濯機を回して、干して、原稿が終わってなかったらまた書いて、だいたい朝の9時か10時くらいに寝る。それがいちばん仕事やしやすいルーティンです。

――夜中の間、ずっと書き続けているってことですよね。

多崎:「よくそんなに集中できますね」と言われるんですけれど、自分では「時間が足りない、もう4時間も経っちゃった」という感じです。
集中して書く時期でない時も、だいたい夜の12時から4時か5時くらいまで仕事をすることが多いですね。そこから寝て起きて、家のことをして、昼の12時過ぎから夕方ご飯を作る前くらいまでメールの返事を書いたり、資料を読んだりしています。時間的に余裕がある時は、夜12時くらいから読書して明け方までに読み終える感じなので、読書も夜型ですね。

――読書記録はつけていますか。

多崎:読んだ本の名前だけは書いています。感想は書きませんが、名前は残しておかないと同じ本を読んでしまうんですよ。「これ面白そう」って思ってページをめくって、「あれ、これ読んだな」ってことが多いので。
でもここ数年は驚くほど本を読んでいなくて。特に今年は、読んだ本を思い出せるくらい。つまり、数えられるほどしか読んでいないんです。インプットしないとアイディアが浮かばなくなるので何か読みたいんですけれど、本当に暇がなくて、読みたい本が山積みになっています。

――それはもう、大作『レーエンデ国物語』を執筆されていたからですよね。全五巻にわたる革命の話で、現在第三巻まで刊行されています。これはどういう構想から始まったのですか。

多崎:最初に編集者さんからお話をいただいた時に、国を興す話を書きたいなと思ったんですよ。
学生時代、「銀英伝」を読んだ時に、自分もああいう壮大な歴史を書きたくなったんですが、知識も筆力もまるでなくて全然書けなかったんですね。一度挫折して、その後ずっと書けなくて、それを今やらせてもらているので夢が叶ったと思っているところです。
さっきの『煌夜祭』の話ではないんですけれど、『レーエンデ国物語』も実は400年くらいの間の話なんですね。第一巻のユリアの話から国が独立を果たすまでにそれくらいかかるんですが、全部書いていると長くなりすぎる。美味しいところだけ書くことにして、一冊ごとに100年、120年と時が流れています。

――西ディコンセ大陸の聖イジョルニ帝国にある、呪われた土地とされるレーエンデが舞台です。琥珀色の古代樹の森があり、泡虫が飛ぶこの土地には、銀呪病という病がある。非常に美しい光景も頭に浮かびますが、どういう世界観、どういう歴史を考えていったのですか。

多崎:歴史に関しては、徹頭徹尾、革命を起こすために組み立てました。この土地の説明をして、その土地に住む人たちを好きになってもらうのが第一巻。その好きになってもらった土地を焼き尽くすのが第二巻。第三巻でその焼野原に芽が出て、第四巻でさらに育って、第五巻で革命がなされるというイメージで、その最初の構想通りに進んでいます。

――そう、第二巻『レーエンデ国物語 月と太陽』で焼野原になるんですよね...。第三巻の『レーエンデ国物語 喝采か沈黙か』でまた状況は変わるんですけれど。

多崎:圧政に人々が耐えかねて立ち上がってひっくり返すのが革命なので、早いところ一度焼野原にしておかないと駄目だろうっていう感じで...。
世界観については、なぜ銀呪病があるのかとか、ユリアが産んだ神の御子がどういう存在で、何をレーエンデにもらたしているのかというところがファンタジー要素なのですが、ちょっとSFがかった裏設定があります。

――やっぱりあるんですね、SF設定。

多崎:たぶん、かなりSF的な感じです。それをどこまで書くか分からないですけれど。

――第一巻でページをめくって西ディコンセ大陸の地図を見た時、もう、1000%の王道ファンタジーだと思ったのに(笑)。でもお話をうかがっているうちに、SFとファンタジーの違いってなんだろうと思えてきました。

多崎:SFよりも、もうちょっと幻想的で美しい光景を見せるのがファンタジーなのかな、と最近思うようになってきました。そう編集部に教育されました(笑)。

――聖イジョルニ帝国は多民族国家で、それぞれの生活や特徴などもいろいろです。ものすごく細かく設定されている印象でした。

多崎:民族がひとつだとまとまりすぎてしまうので最初から多民族にしようとは考えていました。多民族であるがゆえに最初の革命はうまくいかないわけです。ということはそれぞれ文化が違うはず。それで、どの民族にどういう歴史があって、どういうふうに暮らしてきてどう文化になったかを考えていきました。
大枠を決めておくと、だいたい決まるんですよ。例えばレーエンデはすごく寒いところにある土地なので、水田は作れないんですよね。そうすると麦を食べるしかなくて、パン食になるだろうな、といったところから食べ物は決まっていきます。土地があれば酪農もできるけれど、森の中で暮らしている人は大型獣が飼えないから、せいぜい山羊で、それも大量には飼えないから狩猟民族になりますよね。森で手に入るもので作らないといけないから衣服もわりと植物由来のゴワゴワしたものが多くて、あとは毛皮とかになるんだろうな、と考えていくんです。最初に細かく決めておくわけではなくて、必要になったら考えるという感じです。

――巻を追うごとに、読者に見える風景もすごく変わっていきますよね。森の中の景色だったり、断崖絶壁だったり、焼野原だったり。街では鉄道ができたりもする。そうした変化もすごく面白いです。

多崎:やっぱり時代が進んでいくと文明が変わって、書ける話も変わってくるんですよね。それが面白いかなと思って。

――第四巻『レーエンデ国物語 夜明け前』はいつ読めるんでしょうか。

多崎:なるべく早く、とは思うんですけれど。間違いなく来年には出ます。

――今はその執筆と改稿で大変だとは思いますが、そんななか、『煌夜祭』の新装版が単行本で刊行されましたね。

多崎:最初に出たのがC★NOVELS Fantasiaで、次に中公文庫にされる時にほとんど直さなかったんですよね。その時点でもう結構月日が経っていたので、今からデビュー作に手を入れるのは恥ずかしい気がして、誤字とか言葉の間違いくらいしかチェックしなかったんです。でも今回は、単行本で読んでもらうのにこれは駄目だろうというところに赤を入れていたら本当に真っ赤になっちゃって。「赤を入れないと言っていたのに真っ赤にしてごめんなさい」って編集者に伝えたら、「多崎さんにしてはマイルドです」と言われました。前に『夢の上』という単行本を文庫化した時(文庫のタイトルは『夢の上 夜を統べる王と六つの輝晶』)、本当に一面真っ赤になるくらい改稿したという前科があったので...。
1月に『〈本の姫〉は謳う』も新装版が講談社から出ますが、これはちょっと改稿するだけで大丈夫だと思っています(笑)。

(了)