
作家の読書道 第260回: 青崎有吾さん
2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞してデビュー、以来アニメ化された『アンデッドガール・マーダーファルス』やドラマ化された『ノッキンオン・ロックドドア』、最新刊『地雷グリコ』などで人気を博している青崎有吾さん。小学生時代は海外ファンタジーが好きだったという青崎さんが、ロジカルなミステリを書くようになった経緯は? ハマった作家、作品についてたっぷりおうかがいしました。
その6「デビュー後の読書生活」 (6/7)
――卒業後は専業になったのですか。
青崎:最初から専業しか考えていませんでした。親にもゼミの教授にも反対はされなくて。東京創元社の担当編集者さんには「一応就活もしておいたほうがいいよ」と言われていたんですが、僕は「してますから安心してください」と半年くらい嘘をつき続けていました。4年生の時に『水族館の殺人』を書き、3作目の短篇集『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』を出したあたりで専業になりました。
――読書生活に変化はありましたか。
青崎:なんか、言い訳みたいになってしまうんですけれど、デビューして2、3年経ってから、自分は評論家ではないんだし、アカデミックな読み方はしなくてもいいんじゃないかと思い始めて。話題の新刊は絶対読むとか、未読の名作をつぶしていくというような縛りはやめて、気が向いた時に読みたいものを読むくらいでいいかな、と思うようになりました。仕事柄、優先して読まなきゃいけないものはどうしても出てきますが、それは押さえつつ、もうちょっとわがままな読書でいいかなって。
――読むのはミステリ中心ですか。
青崎:そうですけど、ノンフィクションの割合も増えてますね。最近だとマイケル・フィンケルという人の著書で、古屋美登里さん訳の『美術泥棒』が面白かったです。ヨーロッパ中の美術館から200点以上の美術品を盗み、しかも売らずにコレクションしていたという実在のカップルの話です。普通に美術館に入って普通に盗って、服の下とかに隠して出ていくっていう大胆な手口なんです。
――読書の記録はつけていますか。
青崎:つけている時期とつけていない時期がありました。ここ2年くらいはつけています。タイトルと、作者名と、面白かったら横に〇印を書くくらい。(スマホの記録を見ながら)最近〇がついているのはその『美術泥棒』と、文庫化された泡坂妻夫さんの短篇集『蔭桔梗』。そのなかの「竜田川」と「くれまどう」という短篇が特に気に入ったので、タイトルが横に書いてありますね。『ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集』や、佐藤究さんの『幽玄F』にも〇がついています。
――読む本は刊行時期やジャンルも偏ってない感じですか。
青崎:そうですね。最近出た国内小説を1冊読んだら、積読を漁ってずっと前に出たものを1冊読み、今度は翻訳ものの新刊を...という感じで。
ジャンルはどうしてもミステリ・SFに偏りがちですが、最近、似鳥鶏さんから「文藝賞は全部面白い」という話を聞いて、受賞作を集めています。日上秀之さんの『はんぷくするもの』とか、李龍徳さんの『死にたくなったら電話して』とか。あと、去年は『増大派に告ぐ』を読んで、小田雅久仁さんの面白さを知りました。
――『増大派に告ぐ』は結構前の作品ですね。日本ファンタジーノベル大賞受賞のデビュー作です。団地に住む少年とホームレスの男の、非常に不穏な話です。
青崎:ずっと絶版なんですよ。あらすじを読んで何年も前から気になっていたので、読めたときの感動もひとしおでした。
――1日のタイムテーブルって決まっているんですか。
青崎:完全に夜型です。昼に起きて、レンタル自習室を仕事場として借りているのでそこに行って仕事をして、進捗がいい時は自習室が閉まる時間の22時に帰るけれど、悪い時はその後ファミレスに行って深夜まで続きをします。本も家の外で、喫茶店などで読みますね。家に帰ったらもう寝るかインターネットを見るか、みたいな。起きたら夕方という日もあって本当によくないなと思っています。起きてSNSを開くと綾辻行人先生が「起動」ってつぶやいていて、綾辻先生とそこだけは被っているのが嬉しいんですけれど(笑)。でも、今年の目標は「規則正しい生活」ですね......。
――さきほど三谷さんの映画の話も出てきましたが、好きな映画や映像作品ってありますか。
青崎:昔からアクション映画が好きですね。爆発とか銃撃戦メインではなく、近接戦を見せてくれるような作品が。
「ザ・レイド」というインドネシアの映画は、どうやって撮影したんだろうというくらい真に迫っていてお気に入りです。最近だと「ジョン・ウィック」シリーズとか。子供の頃に観たジャッキー・チェンの映画が源流にあって、そのあたりが『アンデッドガール・マーダーファルス』に繋がっているのかなと。
――『アンデッドガール・マーダーファルス』シリーズは19世紀、吸血鬼や人狼などがいる世界を舞台にしたミステリ&冒険伝奇ものですよね。
青崎:あれはデビュー前から構想がありました。漫画でいうと『ドリフターズ』や『HELLSING』の作者、平野耕太さんの作品の影響があります。パスティーシュの面でいうと、芦辺拓さんの『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』などを意識して、クロスオーバーものをやりたい、という気持ちがありました。キム・ニューマンの『ドラキュラ起元』が元ネタじゃないかとよく言われるんですけれど、僕が高校生の時はもう絶版で手に入らなかったので、実は未読だったんです。復刊してからやっと読みました。
――つい先日別のインタビューでお会いした時、迫稔雄さんのギャンブル&バトルアクション漫画『嘘喰い』のアクション部分が『アンデッドガール・マーダーファルス』に、ロジック部分が最新刊『地雷グリコ』に影響を与えているとおっしゃっていましたね。
青崎:ああ、『嘘喰い』の話をしていませんでしたが、あれも高校生の頃に読み始めました。その時点ですでに10巻くらい出ていましたが一瞬で追いつきました。ギャンブル漫画の中でもとりわけミステリマインドを感じたんですよね。大学のミス研でも新刊が出るたびに『嘘喰い』の話で盛り上がっていました。
――先日青崎さんからその話を聞いて3巻くらいまで読んだところなんですが、まだバトル要素が強くて。
青崎:それくらいだとまだ「全然ギャンブルじゃないじゃん」って思いますよね。でも10巻くらいまで読み進めると、「バトルもギャンブルのひとつの要素なんだ」と思えるようになってくるんですよ。
『嘘喰い』のようなバトルものや『キングダム』みたいな戦記ものもそうですけれど、どういう方法で相手を倒すかという部分において、気の利いた作品だとちゃんと伏線が張られていて、逆転のための道筋が作られている。それはミステリの謎解きでいう、論理のアクロバットみたいな部分とも通じていると感じます。何を読むにしても、「その手があったか」という納得感が得られる瞬間が一番楽しいですね。
――ロジカルなものがお好きですよね。ミステリで「読者への挑戦」がある時、ご自身でも謎を解こうとしますか。
青崎:それが、一切やらないんですよ。難しいから(笑)。だからデビュー作の『体育館の殺人』の単行本が出た時、「どうせ誰もやらないでしょ」と思って挑戦状をつけなかったんです。でも「クイーンリスペクトならつけてほしい」という要望もいただいて、文庫版にはしぶしぶつけたんですね。そうしたら、実際に挑戦して外れたとか、当てられた、みたいな感想が結構届いてカルチャーショックでした。世の中捨てたもんじゃないな、僕の心が汚かっただけだなって反省しました(笑)。
ただ、読者にどの程度考えてもらうのが妥当かは、気にしている部分ではあります。最近、「ナゾ解き」がブームになっていますが、少し危惧を感じるのは、そういうのが好きな人たちって問題を出されるとどうしても、解けるまで考えたくなっちゃうんじゃないかということです。ナゾ解き好きな人たちが裏染シリーズを読んだ時、「読者への挑戦」を見つけたら、強制的に考えさせることになるんじゃないか、と心配しています。それで解ければもちろん嬉しいでしょうけれど、解けなかったら、僕だったらイラっとすると思うんです。作者としては「絶対に挑戦してくださいね」というわけでなくて、「暇で暇でしょうがなかったら、よければやってもいいですよ」くらいの気持ちです。お酒と同じです。飲みたきゃ飲んでいいけれど、飲みたくなけりゃソフトドリンクでいいんですよ、っていう。