
作家の読書道 第277回:矢樹純さん
漫画原作者として活動するなか、2012年に『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』で小説家デビュー、19年に短篇集『夫の骨』が話題となり、翌年その表題作で日本推理作家協会賞短編部門を受賞した矢樹純さん。ホラー、ミステリ、サスペンスで読者を震撼させる作家は、どのような読書生活を送ってきたのか。デビュー後、ブレイクまでの道のりも含めてたっぷりお話うかがいました。
その3「怖がりだけど怖いものが好き」 (3/6)
――高校時代も引き続き興味のある作家を読み進めていたのでしょうか。
矢樹:そうですね。だいたいはまった作家さんをどんどん読んで集めていく感じでした。
――小説や漫画以外に、映画やアニメなどではまったものはありますか。
矢樹:レンタルビデオ屋さんの怖い作品の棚を制覇しました。その頃は7泊8日で4本ずつくらい借りられたので、毎週行ってはマックスの本数借りて、観て返したらまた同じ本数を借りて。怖い話を集めた怪談ビデオとか心霊動画とか、映画も「13日の金曜日」や「エルム街の悪夢」とか...。青森の実家近くのビデオ屋にあったホラー・心霊系は全部観ました。
――......怖がりなんですよね?
矢樹:はい。なので耳をふさいで薄目で観て、驚いてびくっとしながら観ていました。
――映画は海外作品が多かったのでしょうか。「リング」や「らせん」が公開されたのはもうちょっと後になりますかね。
矢樹:そうですね。もちろん「リング」も観ました。あれは衝撃でした。和モノって海外のホラーとはまた違いますよね。もうちょっと後に観た「呪怨」や「リング」の中田秀夫監督の「女優霊」も本当に怖かった。でもがっつり観てしまうんですよ。
――怖がりなのに、どうして観てしまうんでしょうね。ホラー映画を観てストレス発散する、という人もいるようですが...。
矢樹:そういう人は陽の方ですよね。私は観ていると心臓が痛くなるので、むしろストレスがかかっています(笑)。でも観るとなにか脳内麻薬が出るんでしょうね。
本格ミステリを好きになったのも、とにかくびっくりするというのが自分の中ですごくポイントだったからだと思います。たとえば叙述トリックで最後の最後に「そうだったのか!」となった時のぐうっとなる感じが好きなんですよ。たぶん私は読書に興奮を求めているんです。ホラーもそうなんじゃないでしょうか。
だから、30、40になるまで落ち着いた読書をしたことがなくて。私は作家になるような人たちが読んできたであろう作品を一切読まずに大人になったんです。大人になってからようやく小川洋子先生を読んで、「これはすごいな」となりました。今でも、これまで読んでこなかったジャンルの本を読んで新鮮に感動しています。
――高校時代はなにか部活をされていたのですか。
矢樹:帰宅部でした。本当は柔道をやりたかったんです。中学も柔道部に女子部がなくてバドミントン部に入って体力だけはついたので、それで父の山やキャンプについていけたんですけれど。高校に行ったらやっと柔道部に入れるかなと思ったら、また女子部がないと言われて諦めて、他の運動をするのはもう面倒だったので帰宅部になりました。帰り道に図書館があったので寄ったり、古本屋さんを巡ったりしていました。たぶん中学時代よりも読書量が増えたと思います。講談社ノベルスとか、メフィスト系の作家さんたちをずっと読んでいました。
――そのなかで楳図かずおさんの『恐怖』を読んだ時のような、「すごい」と思う作品はありましたか。
矢樹:格好いいと思ったのは舞城王太郎先生ですね。『煙か土か食い物』とか。それまで読んだことのない感じの文章だったんですよね。文章だけでこんなに人を興奮させることができるのか、と思いました。それと、麻耶雄嵩先生はストーリーの容赦のなさがすごく格好よく思えました。『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』『痾』などのメルカトル鮎シリーズが好きでした。舞城先生と麻耶先生のお二人には、興奮とはまた別の、貫かれて刺されるような衝撃を受けました。