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児玉 憲宗の<<書評>>


なかよし小鳩組
なかよし小鳩組
【集英社文庫】
荻原浩
定価 700円(税込)
2003/3
ISBN-4087475573
評価:AA
 なんということだ。登場人物一人一人に感情移入してしまう。アル中、バツイチ、子持ちのコピーライター杉山はもちろん、早苗、石井、河田、勝也そしてカビゴンまでとにかく全員だ。それほどにのめり込んでしまうのだ。登場人物それぞれが、どこにでもいそうでどこにもいそうになく、未熟で、いいかげんで、俗物的で、そして例外なくいい人だからだろう。「いい人」と言っても皆「ヤクザな人」と「ヤクザの人」ばかりではあるけれど。
 こんな魅力ある登場人物がくんずほぐれず入り乱れるはちゃめちゃなストーリー。萩原さんが放つ独特の表現方法とテンポある文章も加えて、抜群の「可笑しさ」が繰り広げられる。
 その「可笑しさ」で実はもう充分なのだが、おっとどっこいそれだけではない、ウルウルと感動させられてしまう場面も後半には登場するというオマケ付き。昨年競うように繰り広げられた女性雑誌の豪華付録合戦みたいに、値段据え置きなのにアクセサリー、折り畳み傘、ストッキング等が付いてきたような嬉しさだ。

機関車先生
機関車先生
【集英社文庫】
伊集院静
定価 520円(税込)
2003/3
ISBN-4087475530
評価:AA
 瀬戸内海に浮かぶ島で生まれ育ったわたしには、この物語に登場する「島のあちこちから漂う蜜柑の香り」も「鳥の群れように踊る無数の波頭」も、鮮明に思い浮かべることができる。
 口から発することのない機関車先生の言葉を想像しながら読んだからか、温暖な土地柄が舞台であるからか、物語は終始、瀬戸の波のように穏やかにゆっくりと流れた感がある。その地特有の、その時代特有の、時間の流れや人と人のつながりがあることをあらためて知った気がする。感受性の強い子どもたちの純粋さ、佐古校長やよねのやさしさとしたたかさ、ヤコブの伝説などが絡みあいながら瑞々しく描かれている。キラキラ眩しい作品にうっとりさせられた。

ウルトラマンの東京
ウルトラマンの東京
【ちくま文庫】
実相時昭雄
定価 819円(税込)
2003/3
ISBN-4480038043
評価:B
 ウルトラマンが活躍した時代(昭和41年)に5歳だったわたしはまさに「ウルトラマン世代」である。
 ウルトラマンなど特撮作品に監督として関わってきた実相寺昭雄さんが、当時のロケ現場を再訪しながら、わずかながらに残っている面影を見つけては懐かしみ、かけらも残さない変わり様を見ては感慨に耽る。ロケ現場ごとに明かされるエピソードは、深く関わってきた著者でなければ語れない裏話が多く、わたしたちにとって懐かしさよりも新たな発見が上まわる。
 これを読むと、ウルトラマンのようなヒーローはこの時代だからこそ生まれたと感じざるを得ない。落書きから生まれたガヴァドンや元々人間だったジャミラなどの愛すべき怪獣たちも同じだ。ヒーローを振り返ることはその時代の自分に戻らせてくれる気がするし、夜空に輝く星を眺めていると、怪獣たちが本当にいるような気がするから不思議だ。

TOKYO STYLE
TOKYO STYLE
【ちくま文庫】
都築響一
定価 1,260円(税込)
2003/3
ISBN-4480038094
評価:B
 神がかり的なリフォーム番組やハイセンスなインテリア雑誌に憧れと同時に嘘っぽさを感じずにはいられない。この写真集にまとめられた「東京の安い部屋」こそが生活感のあるリアルな空間だ。
 人間の顔と同じで部屋もみな違う。十あれば十通りの個性がある。壁に貼られた第三舞台のポスター、積み上げられたCDのコレクション、畳には猫の足跡。粗末な部屋とは不釣合いな音響装置、サーフボード、自転車。どれもかけがいのない宝物に違いない。
 これらの部屋に感じ取られるものはその住人にのみ得られる「居心地の良さ」だ。それは彼らにとって世界でたった一つの空間なのだ。

ナンシー関の記憶スケッチアカデミー
ナンシー関の記憶スケッチアカデミー
【角川文庫】
ナンシー関
定価 500円(税込)
2003/3
ISBN-4041986095
評価:A
 提示されたお題を記憶のみに頼って描く「記憶スケッチ」。人間の記憶とはなんと曖昧なものなのだろう。そしてその曖昧な記憶ゆえ、新たな創造力を生みだす。その驚くべき作品の数々はもちろん、後編に登場する考察も素晴らしい。もちろん個人差があるが、高年齢になるほど長い線が描けなくなり、本来あるべき記憶に近づけようとする執念が薄くなるらしい。恐るべし企画だ。感動したわたしはこの本の素晴らしさを三十人以上の人に伝えるだろう。しかも一週間以内に。
 哀しい眼をしたカマキリや能天気なスフィンクス。逃げ出したくなるほど怖いランドセルや自転車。仏様のように手を合わせたくなるカエル。
 常識を超えた芸術作品のオンパレードに、わたしが山田君に成り変わり、賞賛の座布団を届けたい。

明治おんな橋
明治おんな橋
【講談社文庫】
平山壽三郎
定価 700円(税込)
2003/3
ISBN-4062736950
評価:A
 多くの人の運命を弄した維新の混乱にたくましく生きた三人のヒロインの物語。
 それぞれ違う苦労をし、異なる生き方をしたが、共通点も多く、みな、強く、かわいく、健気でたまらない。
 過去を引き摺って生きる男と過去を棄てて生きる女。女は過去を棄てても、過去に学んだ教訓や経験を次のステップに活かすことができる。一方、男は懲りずに失敗を繰り返す。時代の表舞台で活躍する男をうしろでしっかりと操り、煽て、口車に乗せ、翻弄するのも、やはり女である。そしてそれはきっと小説の中だけに限らないのだろう。
 彼女たちの小気味よいしたたかさが読後に爽快感を残した。

覗く。
覗く。
【講談社文庫】
デイヴィッド・エリス
定価 (各)750円(税込)
2003/3
ISBN-4062737000
ISBN-4062737019
評価:B
 外科医殺しの容疑者であるマーティーは、臆病者で、思い込みが激しく、子どもっぽい、うぬぼれ屋である。物語は彼の一人称で語られているが、かと言って彼が主人公とは限らない。外科医夫人のレイチェルこそ、上巻の帯にある「大どんでん返し」のキーマンではあるが、彼女も主人公ではない。
 著者は、現役の法律家だ。この困った依頼人(容疑者)や何をしでかすかわからない証人たちにてこずりながら、一筋縄ではいかない訴追側と真っ向から立ち向かう敏腕弁護士を描きたかったに違いない。つまりは弁護士こそがこの作品の隠された主人公なのだ。マーティーの描きかたには明らかに悪意が込められている。いくら「大どんでん返し」だからといって騙されはしない。
 とここまでがわたしの推理だ。そしてこう推理していたらやっぱり騙された。それほど法廷シーンの描写は圧巻だった。特に、検察、証人、弁護人の攻防における心理描写は絶品だ。
 まったく、自己中心マーティーの妄想には、かきまわされちまったぜ。

フクロウは夜ふかしをする
フクロウは夜ふかしをする
【創元推理文庫】
コリン・ホルト・ソーヤー
定価 966円(税込)
2003/3
ISBN-4488203043
評価:D
 お金と時間を持て余し、高級老人ホームで悠々自適な生活を送るおちゃめな老婦人コンビが、プロ顔負けの推理力で事件を解決する。その推理力の源は、ずばり「好奇心」。
 ストーリーの序盤でいきなり、続けざまに連続殺人が起きる。しかも舞台は、主人公たちが暮らす老人ホーム。ところが、作品の半分くらいに達しても、警察の捜査は何の手がかりもつかめない。それどころか肝心の主人公は事件の解決へ乗り出せないまま。前作でお馴染みのハンサム警部補も現場に姿を現さない。
 ほらほら、そんなことだから、新たに次の犠牲者がでちゃったじゃないか。捜査の進展の遅さが後半の複線になっているとはいえ、あまりにも「スピード感」のない展開にイライラする。三番目の殺人が起きてからは、頼みの警部補もやって来て、老婦人コンビの推理も冴えわたる。けれども、この犯人は最初からいかにも怪しすぎる。言い訳がわざとらしかったり、被害者が金持ちだったことがわかった途端に金遣いが荒くなったり。挙句の果てに、ちょっと揺さぶられただけで、べらべらと自供してしまう。興醒めさせるに充分な“おしゃべりさん”だ。