『吉祥寺の朝日奈くん』中田永一

●今回の書評担当者●有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹

11月26日 BOOKSルーエ
中田永一さんのファンなのかもしれない・・・。初単行本作品「百瀬、こっちを向いて」はまさに僕たちの気持ちを代弁してくれた快作であると同時に、女性のしたたかさをも十全に表現されています。あの北上次郎氏が本当はベスト1にしたいところだとの言葉で絶賛されていて、ちゃんと良い本なんだなあと心強く思っていました。「世の中には一生女の子と縁がなく、手を握ることもできない人間が存在するのだ」という名文は再読した今回も胸に迫ります(このような感覚は穂村弘さんもお詳しい)。

さて、版元営業部のKさんから、「その中田永一の新刊が出るんです。これがまた良いんです!!」という力強い言葉のお電話をいただき、それならぜひともゲラをくださいとめずらしく意気込んで返事をしました。そして届いた「吉祥寺の朝日奈くん」。なんだかティーンズ文庫みたいなタイトルだなと思いつつ、おそるおそる読み始めました。

カフェに足繁く通う朝日奈くんが見つめる先には、カウンターで働く山田真野(ヤマダマヤ)さんの姿があります。しかし会話の機会に彼女は、自分の左手薬指にはまっている銀色の指輪を差し示すのです。
「......何だろう、それ。僕にはよくわからないな。山田さん、指に、なにかついてますよ」

このような前提条件もさることながら、この100ページ足らずの中編小説では、オトナとオトナが歩み寄っていく、仲良くなっていく過程がとても魅力的かつ落ち着いた雰囲気をもってリアルに語られています。オトナになるほど出会ってから友達といえるまでの関係になるのってなかなかすんなりいかない。大変だなと感じます。社会人になると仕事をベースにした出会いが多く、プライベートに配慮する気遣いが素敵に求められます。相手の反応をちゃんと汲んだ上で、もう少しわがままになってもいいんじゃないかと個人的には思うのですが・・・。話がそれました。

「吉祥寺の朝日奈くん」はれっきとした恋愛小説です。しかし、読者に挑戦する1級のミステリィでもあります。12日の発売が今から楽しみでしかたがないです。今年最後の読書に加えて欲しい傑作であります。

さて、この連載2回目の吉祥寺です。サンロード入り口の献血ルームをチラ見しつつ(物語にでてきます)、奥へ進むと吉祥寺文化の発信地の1つBOOKSルーエが見えてきます。倉庫のシャッターのような外観が逆にカッコいい。地下1階の格闘技の豊富さ、1階の映画、音楽、サブカルの渾然一体さ、2階の萌えフェア、3階すべてのコミックフロアと、ああ中央線文化!!と思わずにはおられません。文庫売場エンド台の最前中央、一番良い位置には1985年初版の「世界ケンカ旅」大山倍達(徳間文庫)がPOPつきで並んでいます。なんだコレ。文庫カヴァーも個性的。夜10:30まで営業中。お疲れ様です。

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有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
1978年東京生まれ。物心ついた中学・高校時代を建築学と声優を目指して過ごす。高校では放送部に所属し、朗読を3年間経験しました。東海大学建築学科に入学後、最初の夏休みを前にして、本でも読むかノと購買で初めて能動的に手に取った本が二階堂黎人の「聖アウスラ修道院の惨劇」でした。以後、ミステリーと女性作家の純文学、及び専攻の建築書を読むようになります。趣味の書店・美術展めぐりが楽しかったので、これは仕事にしても大丈夫かなと思い、書店ばかりで就活を始め、縁あり入社を許される。入社5年目。人間をおろそかにしない。仕事も、会社も、小説も、建築も、生活も、そうでありたい。そうであってほしい。