『造花の蜜』連城三紀彦

●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸

  私にとって昨年(2008年)のベストミステリのひとつに、連城三紀彦氏の『造花の蜜』があった。ところがこの作品、昨年の年末にベストミステリのランキングが発表された際、ほとんど話題にならなかった。奥付の発売日は2008年10月31日、これは「このミス」に代表されるランキング集計の「年度末」の日である。おかげで読んだ人の数が少なく、あまり票が集まらなかった。当然ながら今年は対象外なので、ランキングの対象にはなっていない。しかし、集計期間が一ヵ月前倒しになった早川書房の『ミステリが読みたい!』では今年扱いになり、『造花の蜜』は見事、国内作品の第一位となった。不遇な扱いを受けていた作品に、ようやく正当な評価が与えられたのである。

 事件は、ある一家の幼児・圭太の誘拐事件で幕を開ける。母親の香奈子は、圭太を預けている幼稚園から「圭太君が蜂に刺された」との連絡を受ける。しかし向かった幼稚園では、「お婆ちゃんが蜂に刺されたと聞いて、お母さんが圭太君を迎えに来たじゃないですか」と主張。ここで始めて、圭太が何者かによって巧妙に連れ去られたことを知る。香奈子の分かれた元夫が連れ去ったのではないかと疑うところへ、その元夫から「シバキと名乗る男から、圭太が誘拐されたとの電話があった」と連絡が入る。やがて犯人から「お金は要求しない」「そっちが払ってくれるというなら別だ」などという電話がかかる。身代金の受け渡しはなんと、渋谷駅前のスクランブル交差点のど真ん中で行なわれることになった。スクランブル交差点で様々が出来事が起こる中、圭太は無事、香奈子の元に帰って来た。ホッとする母親に向かって圭太は、驚愕の一言を口にする――。

 と、ここで起こる「どんでん返し」の瞬間が、全体の3分の1ほど。このあと、物語は予想を上回る展開を見せる。読者の予想の、遥か右斜め上の光景を突然提示するのだ。それも1度や2度ではなく。この驚きは、どのように形容したらいいか分からないし、それがどんな展開なのかも、ネタバラシになるので言えないのが実にもどかしい。

 連城氏のデビューは、現在でも伝説的存在の探偵小説専門誌「幻影城」だった。以降、『戻り川心中』『暗色コメディ』『敗北への凱旋』『私という名の変奏曲』など、トリッキーかつ美しい文体で綴られたミステリの傑作が多い。ところが『恋文』で直木賞を受賞してからは、なんとなく「恋愛小説家」のイメージが先行しているようで、特に若い世代に連城氏の作品を手に取る人が少なく、ずっと勿体無いと思っていた。実は近年でもその作風は変わっておらず、『人間動物園』、『白光』など、精緻なミステリを多く発表している。そして本書『造花の蜜』でも、そのミステリ精神をいかんなく発揮しているのだ。ここでまた、連城氏が注目されたことを素直に喜びたい。

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啓文社西条店 三島政幸
啓文社西条店 三島政幸
1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。