『ワープする宇宙 五次元宇宙の謎を解く』リサ ランドール

●今回の書評担当者●中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士

  • ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く
  • 『ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く』
    リサ・ランドール
    NHK出版
    3,190円(税込)
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 日本人3人に、ノーベル物理学賞(なんとノーベル化学賞もでしたが)。これを書いている今ちょうどホットな話題ですが、この文章が載る頃には落ち着いているでしょうか。ノーベル賞と言えば6年前、小柴さんの物理学賞、田中さんの化学賞のダブル受賞も大いに話題になりました。
 三人の受賞は、素粒子論における「CP対称性」と関わっています。素粒子論というのは、微小な物質を対象にした物理学で、僕ら凡人にはイメージするのも難しい世界です。CP対称性についての説明は無理ですが、CP対称性の存在を提唱した南部さん、CP対称性が成り立つための条件を予言した小林さんと益川さんが受賞となりました。30年前の発表当時はあまりに独創的だったのですが、現在では素粒子論の基本となる「標準理論」の中核になっています。
 素粒子論と言えばもう一つ、ホットな話題がありました。スイスとフランスの国境にまたがって設置された「LHC(大型ハドロン衝突型加速器)」が、9/10ついに稼働したんですけど...、えっ、知りません?
 加速器というのは、素粒子を加速し衝突させる実験装置のことです。ビッグバンの状態を再現できるほどの出力で、実験によってブラックホールが出現し、地球が飲み込まれてしまうかもしれない、という危惧もあったようです。
 本作で著者は、このLHCによって自らの理論が正しいかがはっきりするだろう、と書いています。
 著者は、「ワープする余剰次元」という仮説で一躍注目を集めた女性物理学者です。この仮説については、紙幅(と僕の理解力)の都合によりここには書けませんが、僕らは実は5次元の宇宙に住んでいるとか、ブレーンと呼ばれる特殊な構造の上にいるとか、驚くような話が出てきます。またこの仮説により、素粒子論における階層性問題(重力は何故こんなに弱いのか)という難問が説明出来るようです。そんな仮説の正否がLHCによってはっきりするというので、今後の展開が楽しみです。
 ただ、その仮説のためだけに本作を紹介するのではありません。本作では、量子論や相対性理論から始まる、近年の現代物理学のこれまでの流れや成果について非常に分かりやすく書かれています。現代物理学というのは、僕ら凡人には何となく理解することさえ難しい領域に入っています。しかし、そんな高度に難しくなった物理学を、内容のレベルについては落とさず(実際本作の内容はかなり高度です)、一方で読みやすい文章と分かりやすい例を駆使することで、物理をあまり知らない人でもその世界を何となくイメージ出来るような内容に仕上がっています。これまで僕は物理に関する本を様々読んできましたけど、特定の分野だけでなく、広範囲に渡ってここまで分かりやすく書かれた本はなかったと思います。
 物理にちょっと興味があるけど、専門家の書いた本は難しそう、なんて思っている方にオススメです。内容は確かにかなり難しいので読み通すのは大変だと思いますが、それでもこれ一冊読めば現代物理学についてかなり分かった気になれると思います。
 

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中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
1983年静岡県生まれ。 冬眠している間にフルスウィングで学生の身分を手放し、フリーターに。コンビニとファミレスのアルバイトを共に三ヶ月で辞めたという輝かしい実績があったので、これは好きなところで働くしかないと思い、書店員に。ご飯を食べるのも家から出るのも面倒臭いという超無気力人間ですが、書店の仕事は肌に合ったようで、しぶとく続けております。 文庫・新書担当。読んでいない本が部屋に山積みになっているのに、日々本を買い足してしまう自分を憎めきれません。