『星のしるし』柴崎友香

●今回の書評担当者●東山堂 外販セクション 横矢浩司

 知り合ったばかりの人と会話をしていて、いまいち盛り上がらないなあと感じた時に、あせって自分の得意分野の話をして、ますます話がかみ合わないことに気づくって経験はないだろうか? かといって当たり障りのない話では盛り下がるいっぽう。杉作J太郎氏によれば、そういうときに威力を発揮するのが「どっちにも転べる話」なのだそうな。例えば幽霊。相手が「信じる」「信じない」に関わらず、どっちにもあわせることができるのがこの手の話。けっこうその場がいい方向へいくようで、幽霊のほかにも宇宙人やUFO、UMAなども同じように使える。でも本当に信じている人たちには申し訳ないけれど、僕にとってそういう類の話は、話の潤滑油として上手く利用する、それ以上のものではない。むしろ聞き役にまわる方が面白い。その方がどんどんツッコミを入れられるので。

 柴崎友香の新作を紹介するのに、なんで幽霊だのUFOだのの話をしているのだと思うかもしれないが、読めばわかるとおり、今回はそういった題材が効果的に使われた、こういう言い方が似合う方ではないが、野心作なのだ。

 アパートのベランダの柵の上に立ち上がってお互いを指差したりする若い男女の不可解な行動を見つめる主人公の目線からはじまる本作。その印象的なオープニングに象徴されるように、いつになく不穏なキーワードが頻出する。祖父の死、霊安室、同僚との会話中の「殺す」という台詞、感情の抑制がきかない母親、勤め先の不安な先行き、借金したまま失踪する人物、そして得体のしれない生き物、などなど。仲間同士の楽しい空気感は残しつつも、全体的には艶消しのような、翳りのある色調。柴崎作品に、読み心地の良さ、フワッとした軽やかさを求める人たちは、意外に思うかもしれない。でも「自分の目の前にある世界が、そのままで面白い」の「面白い」が内包するものは、"楽しい"だけではない。この小説が読者に与えるものは、決してネガティブな気分ではないのだ。

 本作をざっくり言うと「30歳手前の女性の迷いや不安感を描いた小説」なのだが、柴崎さんの手にかかるとこうもオリジナルなものになるのかと、今さらながら感じ入ってしまった。粗筋を簡単にまとめた時に、そこからこぼれ落ちるものが多いほど、いい小説だと僕は思っているのだが、『星のしるし』の場合、その「こぼれ落ち方」が半端ではない。

 好きでずっと見続けてきた監督の新作映画が、思っていたものとやや違う作風になっていて、でもその変わり方が予想外ではあったけれど嫌ではなくて、自分でも意外なほど楽しめた時の感覚を思い出した。心のどこかで、こういう作品を待っていたのかもしれない。今回の、微妙だが確信に満ちた変化を、僕は断然支持します。

 それにしても、『文藝』最新号の柴崎友香特集はすごい! ファン必読必携の豪華な特集だ。すべてのページが面白い。河出書房新社さん、ありがとう! 宝物にしなきゃ。

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東山堂 外販セクション 横矢浩司
東山堂 外販セクション 横矢浩司
1972年岩手県盛岡市生まれ。1997年東山堂入社。 東山堂ブックセンター、都南店を経て本店外販課へ配属。以来ずっと営業畑。とくに好きなジャンルは純文学と本格ミステリー。突然の指名に戸惑うも、小学生時代のあだ名“ヨコチョ”が使われたコーナータイトルに運命を感じ、快諾する。カフェよりも居酒屋に出没する率高し。 酒と読書の両立が永遠のテーマ。