『吉里吉里人』井上ひさし

●今回の書評担当者●中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士

 僕は残念ながら記憶力が昆虫並でして、色んなことをすぐ忘れてしまいます。高校時代までの記憶はもうほぼないし、歴史のような暗記系のテストは苦手だったし。オススメの本は?と聞かれても、そもそも最近何を読んだのかパッと思い出せないんです。
 そこで、自分が読んだ本についていろいろ記録をつけています。著者名・タイトル・これまで何冊読んだか、とかですね。その中の一つに、「長さランキング」と呼んでいる、これまで読んだ本の中で特に長かったもののランキングがあります。それぞれの本のページ数を、ある一定の法則で原稿用紙の枚数に換算して比較をしています。暇人だなぁ、俺。
 これまで読んだ本の中では、宮部みゆきの「模倣犯」が一番長いです。その後は、「コズミック&ジョーカー」・「深海のYrr」・「バッテリー」・「終戦のローレライ」と続きます。今回紹介する「吉里吉里人」も、これまで読んだ中で9位と、なかなか長い本だなと思います。まあそれが書きたかっただけです。
 東北の寒村である吉里吉里村が、ある日突然日本政府に対し独立を宣言。それから二日間のドタバタを描いた作品です。
 三流作家である古橋健二が乗っていた東北行きの電車に、銃を持った少年が突然乗り込んでくる。すわ強盗かと思いきや、彼らは吉里吉里人を名乗り、独立国に不法侵入したとして古橋健二らを拘束します。
 そこで古橋は、外界から完全に隔絶されたこの村についてルポタージュを書けば一躍有名になれると気づき、取材も兼ねていろいろ調べ始める。しかしその内に、独立騒動には基本的に無関係だったはずの古橋がどんどんとんでもない事態に巻き込まれていって...。
 とにかく、よくもここまで色んなことを詰め込んだなぁ、という感じの物語でした。どんな事態が持ち上がるのかを書くのはネタバレになってしまうけど、目次を読めば分かることだけでも挙げると、双頭の犬・ナイチンゲール記章を三つも持つ看護婦・冷凍人間技術・吉里吉里文学大賞・大統領選出と盛りだくさん。実際はさらにとんでもない話がボンボン出てきます。とにかく吉里吉里村は、独立のためにあらゆる準備をしていて、日本政府に対して山ほどの切り札を持っています。人口4187人の東北の一寒村だと思って舐めている日本政府は、翻弄されていきます。
 吉里吉里村の独立に関わる部分を読むと、日本の抱える様々な問題が浮かび上がってきます。本作の書かれた当時の世相を反映しての内容だと思うけど、今読んでも考えさせられるような問題がたくさんあります。特に医療や農業の問題に関してはかなり深く描かれていて、新鮮な考え方だなと思いました。
 しかし別に真面目な話ばっかりというわけでもなく、ストーリーに直接は関係のない脱線もオンパレードです。突然ズーズー弁講座が始まったり、古橋健二の過去の回想が始まったりと、なかなかはっちゃけたストーリー展開です。
 結構昔の作品ですが、今読んでも充分通用する傑作だと思います。長さに躊躇せず、読んでみてください。

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中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
1983年静岡県生まれ。 冬眠している間にフルスウィングで学生の身分を手放し、フリーターに。コンビニとファミレスのアルバイトを共に三ヶ月で辞めたという輝かしい実績があったので、これは好きなところで働くしかないと思い、書店員に。ご飯を食べるのも家から出るのも面倒臭いという超無気力人間ですが、書店の仕事は肌に合ったようで、しぶとく続けております。 文庫・新書担当。読んでいない本が部屋に山積みになっているのに、日々本を買い足してしまう自分を憎めきれません。