『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』城山三郎

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

  • どうせ、あちらへは手ぶらで行く―「そうか、もう君はいないのか」日録
  • 『どうせ、あちらへは手ぶらで行く―「そうか、もう君はいないのか」日録』
    城山 三郎
    新潮社
    8,640円(税込)
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 一年に一度乙女がチョコを胸に愛を告白する日、バレンタイン。
 けど最近はいつでもどこでも誰でもすぐにコクったりくっついたり離れたりしているのだから今更バレンタインもなにもないだろ。おまけに今年は男がチョコを胸に愛を告白する逆チョコなるものが流行りだとか。けど、元々自分から愛を告白しにくい乙女のためのイベントだったわけだから、わざわざ男がバレンタインに告白する必要なんてないんじゃないかい?
 あぁそうか、イマドキは男の方が内気でもじもじしちゃうのか。
 だめだなぁ、男ならバレンタインだの逆チョコだの言ってないで真正面からぶち当たればいいのだよ。当たって砕けろだ、いや、無理に砕けなくてもいいのだけどね。
 とは言え、なかなか正面きって愛の告白なんてできないもので。またそういう事を言わないのが「正しい日本の男」であり「男らしい男」であると刷り込まれていたりする。
 それじゃその日本男児に関する刷り込みを星家の卓袱台のごとくうりゃーっとすっかりひっくり返してしまう愛の本を紹介しよう。

 2008年1月に出版された『そうか、もう君はいないのか』は昭和の男、気骨の人城山三郎が、ひたすらに亡き妻を想い書いた手記をまとめたもの。硬い戦争小説や小難しい経済小説を書いている作家の口から「天使が空から落ちてきた」などと言う言葉が出てくることだけでも黒船来港なみの衝撃なのに、運命の出会いやら奇跡の再会やらとにかくこれでもかっこれでもかっと二人の甘い話が続くのだ。そう、一冊まるごと城山恋物語と言う感じ。けれどそこには真実の重みがある。心が振り絞って発する愛の言葉は蓮華の蜜より甘く、二人で歩いた人生はマリアナ海溝より深いのだ。
 そして2009年1月『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』が出版された。これはもう読んだ文字が解けて血管の中をぐるぐる回ってるんじゃないかと思うくらい直接身体に沁みこんで来る、城山三郎の妻への想いが。

 最愛の妻を亡くし途方に暮れながら、もう一度逢いたいと手帳に記す切なさ。
 夢で逢えた嬉しさと目覚めた後の寂しさを何度も何度もつづり続ける悲しさ。
 ここには46年間妻に恋し続けてきた男の愛の言葉があるのだ。

 そう、言葉には力がある。大切な人に思いを伝える力がある。
 日本男児よ、好きな人に好きだと言おう。大切な人に愛を語ろう。力強く、甘く、優しく、心のままに!
 もしも自信がないならこの2冊にチョコを添えて贈るでもよし。「愛してる」のメモを添えて!!

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。