『アメリカは食べる。』東理夫

●今回の書評担当者●進駸堂中久喜本店 鈴木毅

  • アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅
  • 『アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅』
    東 理夫
    作品社
    4,104円(税込)
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 映画『宇宙戦争』で、トム・クルーズ扮する父が、息子と娘のためにサンドイッチを作ってあげるシーンがある。

 テーブルに雑にパンを拡げ、ピーナッツバターをこれまた雑に塗ったものの、「わたしピーナッツアレルギーなんだけど」と娘に言われ、ぶちキレたトムお父さんが投げつけたパンがビターンッ!と窓に張り付くという、映画史に残る名場面がある。
 
 クエンティン・タランティーノ監督の映画『パルプ・フィクション』では、ジョン・トラボルタとサミュエル・L・ジャクソン演じる殺し屋二人が、ハンバーガーの「クォーターパウンダーチーズ」がフランスでは「ロイヤルチーズ」と呼ばれている(フランスはメートル法だから)ことを笑い話としていたり、押し入った部屋にあるチーズバーガーを美味しいそうに頬張り、スプライトとともに流し込むシーンは誰しもがハンバーガーを食べたくなるのである。

 と、映画にはちょいちょい食べ物に関するシーンが登場する。

 直接映画とは関係ないけど、映画を観る為に有益な知識を仕入れることができる一冊を今回見つけたので紹介したい。

『アメリカは食べる』(東理夫/著 作品社)である。
 
 本書では、アメリカの食を語るのにアメリカ開国前まで遡らなければならない。

 それくらいアメリカの「食」は建国の歴史と深く結びついている。
 新天地アメリカに渡ったイングランドからの入植者である白人たちが、先住民たちネイティブアメリカンと食べ物を分かち合い、新世界の食材と、先住民の知恵と工夫、そしてイングランドの調理道具と調理法が融合し、お互いが食卓を囲んだことが真のアメリカ料理の始まりであった。そしてこれが、アメリカ料理の本質であるという。

 それは後に、ドイツ、フランス、イタリアなどヨーロッパや、アジア、南米からの移民たちが持ち込んだ自国料理が、アメリカの地で変容し、多種多様な民族が寄り集まって作り上げた、世界に類を見ない希有な「食」になったのである。

 また、もう一つ、アメリカの負の歴史から生まれた「食」もまた、アメリカ独自の「食」であることを知らなければならない。

 ソウルフードである。

 たとえばバーベキューは、かなりアメリカンな料理だと思っていたが、南部でこのバーベキューの店が多いのは、その昔、農園のバーベキューパーティーが行なわれ、その農園の奴隷であった料理人の子孫が引き継いで今に至っているのだという。

 映画『宇宙戦争』に登場するピーナッツバターは、アメリカ奴隷制時代、豚の餌だったピーナッツの残りを黒人奴隷たちがかき集め、ペーストにしてスープにしていた。のちにピーナッツバターになり、アメリカの「食」に大きな革命をもたらしていった。

"黒人たちが運命をシェアする料理。それがソウルフード"

 この言葉が心に突き刺さる。
 これもアメリカの食の一面だということ知らしめてくれる。

 この本の内容には圧倒されっぱなしである。
 食文化が200年で形作られたのは、考えてみればすごい事ではないだろうか。
 映画を観ていて食事のシーンがあってもそれほど深く考えていなかったことに反省しきりである。

 2014年のアカデミー賞授賞式で、司会のエレン・デジェネレスが注文したピザが会場に届き、ブラッド・ピットやメリル・ストリープにピザ屋の店員がピザを取り分けているシュールなサプライズがあった。

 ピザはイタリアが本場でありながら、アメリカでは国民食の地位にあるという。日本ではラーメンのポジションなのだろうか。

 しかも「ピザ」ではなく「ピッツァ」と発音しようという運動まであるらしい。
 ピザは直接手に取って食べる。フォークやナイフも使わず、食器も使わない。
 先述の『パルプ・フィクション』のハンバーガーや、ホットドッグ、メキシコのタコスも同じである。

 これらはフィンガーフードと呼ばれ、アメリカの人々を食卓から解放したのである。「食」に対する自由を与え、礼儀もしきたりからも解放して、時間も場所からも食を自由にしたのである。

 とてもアメリカ的な食の形態だと思う。ドライブスルーなんてアメリカ人でないと考えつかなったのではないか。

 そりゃぁアカデミー賞という式典の最中に登場するのがピザ、いやピッツァというフィンガーフードなのもうなづける。

 本書ではアメリカの料理は「進歩」ではなく「進化」であると語る。
 新しい環境の中で、もっとも適した形に変化していくことが「進化」であり、移民たちが持ち寄る各国の料理がアメリカの地に適した形に「進化」したことで「アメリカ料理」が誕生したのである。

 僕はここ数年、ずぅぅぅと食べたいと思っている料理がある。
 ナチョスである。
 ナチョスはトルティーヤ・チップスにチーズ、チリソースほかいろんなものが乗っている料理らしい(食べた事無いのでわからない)

 タランティーノ監督の映画『デス・プルーフ』でカート・ラッセル演じるスタントマン・マイクがナチョスを下品に食べるシーンがずっと脳裏に刻まれているのだ。
 4カットくらいのシーンだが、それがとても美味しそうなのである。
 いつか僕もスタントマン・マイクのようにナチョスを下品に食べてみたいのである。
 そしてこのナチョス、メキシコ料理だと思っていたら、メキシコ風アメリカ料理なのである。正確にはテキサスのメキシコ風料理。テクス・メクス料理という。
 アメリカのタコスも本場と違うのでテクス・メクス料理らしい。

 残念ながら本書にはテクス・メクス料理の言及は少なかったが、
 現在、アメリカでのヒスパニック系の人口は黒人を抜いて、最大のマイノリティになっているという。将来的には白人の人口も抜くと予想されている。

 アメリカの食は現在も進化し続けているのである。

 現代アメリカの文化を理解するのには、実は食が一番重要だと気付かせてくれる、読む価値ありの一冊である。

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進駸堂中久喜本店 鈴木毅
進駸堂中久喜本店 鈴木毅
1974年栃木県生まれ。読書は外文、映画は洋画、釣りは洋式毛バリの海外かぶれ。世間が振り向かないものを専門にして生き残りをかけるニッチ至 上主義者。洋式毛バリ釣りの専門誌『月刊FlyFisher』(つり人社)にてなぜか本と映画のコラムを連載してます。