『職漁師伝』戸門秀雄

●今回の書評担当者●進駸堂中久喜本店 鈴木毅

  • 職漁師伝 渓流に生きた最後の名人たち
  • 『職漁師伝 渓流に生きた最後の名人たち』
    戸門 秀雄
    農山漁村文化協会
    3,024円(税込)
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 子どもの頃、軒先にある池で釣ったイワナを食べさせてくれる川魚料理の店で、イワナを釣りまくり人生初めての爆釣(爆発的に釣れることを表す釣り人用語)を経験。僕の釣りの才能が開花した瞬間であった。

 そんな僕は現在フライ・フィッシングという釣りに囚われている。

 この釣りがいかに素晴らしいかを説明しようとすると、数万字を要してしまうので、ここでは簡単に説明させていただくが、フライ・フィッシングとは、糸の先にフライと呼ばれる虫を模した毛バリを付けただけのシンプルな仕掛けで魚を釣るイギリス発祥の釣りである。
 
 モグラの穴に石ころを入れる遊びをゴルフにしたり、膨らました動物の膀胱を大人数で運び合う祭りをサッカーにしたりと、遊びにルールを設けて何でもスポーツにしてしまうブリテン島の人たちは漁としての釣りも例外なくスポーツにしてしまう。
 
 15世紀にイングランドの貴族階級の修道女ジュリアナ・バーナーズは魚がよく食べる昆虫に模した毛バリで魚を釣り、『釣魚論』(つり人社)なる論文まで書いて「フライ・フィッシングの母」と呼ばれ、17世紀に同じくイングランドのアイザック・ウォルトンが著した『釣魚大全』(の増補、改訂版)でフライ・フィッシングは現在のようなスポーツフィッシングとして体系化されたと言われる。そしてアメリカに移住したプロテスタントのイギリス人たちによって、フライフィッシングが貴族階級の釣りから、一般の人々に広まっていったのである。

 ブラッド・ピット主演の映画『リバー・ランズ・スルー・イット』は、そのアメリカを舞台にしてフライ・フィッシングを中心に据えた珍しい映画であるが、冒頭のモノローグで「私たち家族では、宗教とフライ・フィッシングのあいだに、はっきりとした境界はなかった」と語られる。恋人の兄と釣りに来た主人公ノーマンの「決して遅れてはいけないことが二つあるんだ。礼拝の始まりと、釣りの約束だ」という言葉からも分かる通り、主人公兄弟と牧師の父の三人にとってはフライ・フィッシングが宗教と同列に扱われ、親子でメトロノームに併せて毛バリを遠くへ飛ばす練習(キャスティングという)はこの釣りを形作る規則正しさであり宗教的規律と重ねられる。

 この映画と宗教の関わりは森本あんり『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」正体』(新潮選書)に詳しい。

 フライ・フィッシングの特徴はエサではなく毛バリという疑似餌を使用する。毛バリはその川で魚が普段食べているであろう虫に似てれば似ているほど、魚が釣れる。つまり、魚を騙すことに全精力を傾ける釣りなのである。自然の中での生き物の活動に、当事者に気付かぬうちに介入して釣るという、ズル賢い釣りである。

 そして、そんなズル賢い釣りを愛好するズル賢い釣り人たちは、この遊びをあたかも高尚で哲学的な行為であるとズル賢く飾り立てる。

 アイザック・ウォルトンは「おだやかなることを学べ」という言葉を残し、『一九八四年』のジョージ・オーウェルは「今、まさに瀕死の状態にある文明に感傷を抱いているからである。そして魚釣りがこの文明を代表しているのである」といかにもな言葉で取り繕うのだ。

 さて、そんなしゃらくさいフライ・フィッシングを日本では「洋式毛鉤釣り」と呼ぶ。ということは日本の毛バリ釣りがあるのかというと、欧米とは真逆の思想、目的で発達した和式毛バリ釣り=テンカラというものがある。

 テンカラ釣りは、もとは川の上流域で職漁師が行っていた釣りで、難度は高いが、名人ともなると餌の付け替えが無いので、カツオの一本釣りのごとく次から次へと魚を釣ることができる。漁として発達したのが和式毛バリ釣りのテンカラなのである。

 戸門秀雄著『職漁師伝 渓流に生きた最後の名人たち』(農文協)は昭和初期に活躍した川の漁師たちを伝える本。

 川の漁師と言っても、獲った魚を自分で食べるのではなく、お金を稼ぐための職業としての漁である。当時イワナは超高級魚であった。山国の温泉地では鮮魚が貴重だったためで、昭和10年頃は米一升25銭、日雇い賃金が50~60銭という時代に、イワナは100匁(375g)で35銭、一貫目(3.75kg)で3円50銭にもなり、職業として成り立っていたのである。

 このような職業として釣りの成果を左右する「仕掛け」は、各派や地域の職漁師たちの企業秘密であり、テンカラの「毛バリ」もその中で独自に発達、伝承されてきた。先のジュリアナ・バーナーズが著したと云われている「The Book of St.Albans」という本では12種類の毛バリを紹介して釣りの技術をシェアしているが、仕事の釣りと遊びの釣りの違いが日本と西欧で明確に現れていて面白い。

 また、一本の川に多くの職漁師がいるものの「川割り」と呼ばれる協定や、「釣り小屋」と呼ばれる拠点で○○派など各派の漁場が割り振られていて、よそ者が入り込めないなど、極めてローカルな仕事としてルールが出来上がっているのも面白い。

 本書でとても心に残るのは新潟県と福島県にまたがる銀山湖(別名奥只見湖)の話である。開高健の『フィッシュ・オン』(新潮文庫)で詳しく記しているが、この銀山湖は大イワナが釣れることで全国から釣り人が殺到するものの、イワナの生息数が激減。開高健を会長とした「奥只見の魚を育てる会」が1975年に結成され、犬猿の仲といわれる釣り人と地元漁協組合、地元の役場や旅館組合、専門家らが一致団結して銀山湖のイワナの保護に乗り出す。

 果たしてイワナの産卵場として銀山湖に流れ込む北ノ岐川が日本初の保護水面(永久禁漁区)として指定され、今でも銀山湖は大イワナが釣れる湖として有名である。

 漁や釣りから自然の些細な変化に気付き、このような生態系の保全へと広がったのは本書の最後、「最後の川漁師」の章で語られる言葉で結ばれる。

「川漁師がいる川は、川が健康だ」
「川漁師がいなくなったら、川も終えだナ」

 本書の読後、川と魚へ思いを向けてしまう。

 あの日、家族で行った川魚料理の店のイワナはもしかしたら川漁師が獲ったイワナだったかもしれない。僕はそこで爆釣して釣りの才能を開花してしまったのだが、釣った分だけお金を払うシステムのために、親からは怒られ、数日はイワナ料理が続くことになった。

 そう、あの日僕はたくさん釣るだけが釣りの楽しさではないと気付いたのである。
 だから今でも釣れる魚はとても少ない。

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進駸堂中久喜本店 鈴木毅
進駸堂中久喜本店 鈴木毅
1974年栃木県生まれ。読書は外文、映画は洋画、釣りは洋式毛バリの海外かぶれ。世間が振り向かないものを専門にして生き残りをかけるニッチ至 上主義者。洋式毛バリ釣りの専門誌『月刊FlyFisher』(つり人社)にてなぜか本と映画のコラムを連載してます。