『吉原花魁日記』森光子

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店仙台店 山口晋作

  • 吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日 (朝日文庫)
  • 『吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日 (朝日文庫)』
    森 光子
    朝日新聞出版
    691円(税込)
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毎月、翌月に発売される文庫の一覧というものが貰えるので、仕事というよりは読者として眺めるようにしています。まず新潮文庫をチェックし、講談社から十二国記が発売されないことを確認し、そのあとは出版社の名前五十音順に見ていくというパターンです。

朝日文庫は名前順でその一覧の始めにあるのですが、その一月発売のところに載っていたのが、森光子の「吉原花魁日記」でした。これを見てなんだと思いますか?でんぐり返しの女優さんが、自分が花魁の役で舞台に出演した日々を綴ったエッセイのようなもの、だと思いませんか。ところが、実際に本が入荷してきて帯を見てみると「大正13年、吉原に売られた少女が綴った凄絶な日記。」とあるのです。慌てて、見返しの著者プロフィール欄を見てみると、この「森光子」は1905年生まれで実際に吉原に売られた人物だということがわかる。

この日記は、高崎で暮らしていた光子が周旋屋に連れられて、家族や友人たちと切り離され、吉原に売られていくところから始まります。でんぐり返しの「放浪記」は文字通り全国を放浪していますが、こちらは吉原の大門の中に幽閉されてしまう。想像を絶するほど悲惨な話ではないけれど、「辛い境遇にもめげずによく頑張った。頑張ると報われるね。感動した。イェイ」という話では決してない。自分の魂を守るために、自分が一人の人間であることを否定させないために、必死で自らの境遇や他人や自分と向き合った記録です。笑って済ませたり、どうにかなるさと口笛でも吹いて、境遇を受け入れてそこで道を探していく。生きていれば楽にやる方法は幾らでも見つけられるはずなのに、光子は自分にそれを許さなかった。そこに凄みというか、人の尊厳を感じずにはいられませんでした。
この本から読み取れることはたくさんあるでしょう。当時の吉原の風俗を垣間見ることもできるし、貧しさの悲惨さを推し量って、だから二・二六事件が起こったのだ、ということもできるかもしれない。でもそんな読み方をせずとも、ただこの日記を書いた90年前の一人の女性が、必死に自分を守り抜いたとことに感動する。それで充分でないかと思うのです。よく「自分に負けた」という言葉を聞くし、自分も言うのですが、彼女が闘い乗り越えたものに比べればそれがなんだっていうのだろう。

解説によると1926年の出版以来、84年ぶりの復刻だということです。また森光子は「没年不明」で「著作権継承者については現在判明しておらず」だということです(ここにまた淋しさを感じてしまうのですが)。この作品とつながりが持てたことは、とても貴重なことのように思えるのでした。

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紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
1981年長野県諏訪市生まれ。アマノジャクな自分が、なんとかやってこれたのは本のおかげかなと思いこんで、本を売る人になりました。はじめの3年間は新宿で雑誌を売り、次の1年は仙台でビジネス書をやり、今は仕入れを担当しています。この仕事のいいところは、まったく興味のない本を手に取らざるをえないこと、そしてその面白さに気づいてしまうことだと思っています。